1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 03:39:45.45 :aRQo7HAg0
あれは4月も終わりに差し掛かろうとしていた頃。私はまだ15歳だった。
やよい「伊織ちゃん! 今のいいですよー!」
伊織「にひひっ! 当然でしょ? このスーパー可愛い伊織ちゃんの手にかかればキャッチボールなんてお手の物よ!」
やよい「これなら始球式も大丈夫かなーって。もっかい行きましょう」
伊織「かかってきなさーい!」
やよい「えい! わわっ! 暴投だ! ゴメン、返してー!」
伊織「もう、どこ投げてんのよ!」
やよい「ごめんなさい……」
伊織「別に怒ってないわよ。もう遅い時間だから帰りましょ。みんな待ってんでしょ?」
やよい「はい! 今日はもやしパーティの日ですから!! 家に帰ってべろちょろ持って行かなきゃ! バイバイ、伊織ちゃん! また明日も練習しようね!」
伊織「そうね。バイバイ、やよい」
やよいと別れて公園を後にする。始球式はいつだったかしら? どこの球団か知らないけど、私を選ぶなんて良いセンスしてるじゃない!
4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 03:42:50.52 :aRQo7HAg0
伊織「~♪」
鼻歌を歌いながら、浴室から上がる。見ると、私の携帯がブルブルと震えていた。
伊織「あら、誰かしら? やよい? もしもし、やよい。どうしたの?」
長介「あっ、伊織姉ちゃん! その大変なんだ!!」
伊織「長介? なんであんたが?」
やよいの弟の長介。妙に懐いてくるため、私にとっても弟みたいなものだ。たまに勉強を教えているし、それなりには仲が良かったけど、やよいの電話を借りてまで何の用があるのかしら?
長介「大変なんだ! 姉ちゃんが、姉ちゃんが!!」
伊織「落ち着きなさいよ! 何取り乱してるのよ。やよいがどうしたの?」
長介「やよい姉ちゃんが……、」
長介「今日の夕方死んだんだ……」
5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 03:46:45.48 :aRQo7HAg0
伊織「は? 何言ってんのよあんた。やよいは私と一緒にいたわよ? そんな悪趣味な嘘につきあう気はな」
長介「ホントなんだ!!」
伊織「ち、長介?」
信じがたい内容だけど、長介は涙交じりで事実を伝える。これがドッキリなら、長介は大した役者よ。今すぐ俳優になることを勧めるわ。
長介「姉ちゃん、帰り道石段に足を踏み外して、頭を打って……おれ、どうしたらいいんだよ……」
伊織「そんなの、私の方が知りたいわよ……」
それは突然のこと、死はいつ訪れるか分からない。あれだけ元気だったやよいはもう帰ってこない。その事実だけが、私の頭を支配した。
伊織「やよい……なんで死んじゃうのよ……」
とめどなく涙はあふれる。私の大切な友達は、もうこの世にいない。
気づいたら私は寝ていたみたいだ。新堂が気を利かしたのか、風邪をひかないように布団をひいている。そういやお風呂上りだったっけ。
7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 03:50:28.13 :aRQo7HAg0
P「くそ……、くそっ!!」
やよいの通夜は静かに行われた。高槻家、765プロのみんなはもちろん、876プロ、果てにはジュピターまで彼女の通夜に駆け付けた。その誰もが、高槻やよいの早すぎる死を悲しみ、無力感にさいなまれた。
千早「高槻さん……、エグッ、なんで私の大切な人は皆いなくなっちゃうのよ……」
伊織「千早……」
千早は弟を事故で無くしていた。その弟と、純粋なやよいを重ねている部分があったのかもしれない。それを引いてもあの溺愛ぶりは少し怖かったけど。
千早だけじゃない、やよいが関わった人間は、例外なく彼女を愛していたんだ。誰からも愛されて、その死を悔やまれる。多くの人に看取られて、本当なら理想の死なのかもしれないけど、いくらなんでも早すぎるでしょ……
8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 03:53:29.11 :aRQo7HAg0
長介「その、伊織姉ちゃん。昨日はゴメン」
通夜の後、私は長介に話しかけられる。目を真っ赤にして、まるでうさちゃんみたいだ。かくいう私もそうなんだろうけど。
伊織「気にしてないわよ。あんただって辛かったと思うし」
長介「でもさ、おれ一番上だからさ、いつまでも悲しんでられないや。姉ちゃんに怒られそうだしさ」
伊織「……、そうね。やよいは皆が悲しむのなんか見たくないでしょうね」
なんとか自分をごまかして、前向きな気持ちに持っていく。
長介「あのさ、姉ちゃんいなくなったけどさ、伊織姉ちゃんは遊びに来ていいんだよ?」
伊織「そうね……またもやしパーティーにでも参加せてもらうわ」
そう言葉を交わして、長介と別れる。あいつは強い。大好きで甘えていた姉が亡くなったというのに、弟たちのためにもいち早く立ち直って。ホント、いい弟持ったわね、やよい――。
9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 03:56:32.94 :aRQo7HAg0
当てもなく歩いていると、いつの間にか昨日の公園にいることに気付く。夕日も沈みつつあり、子供たちの影も見えない。
伊織「誰もいない公園ってノスタルジックよね……」
ふと昨日の光景が頭をよぎる。キャッチボールをして、やよいが暴投して……
伊織「あれ?」
足元に何かが当たった感触がする。野球ボール? 子供が変なとこに投げたのかしらと思って拾い上げる。
???「わわっ、暴投だ! ゴメン、返してー!」
伊織「へ?」
やよい「? どうしたの? なんか顔についてる?」
声がする方を向くと、そこには死んだはずのやよいが両手を挙げてボールをよこせと合図していた。
10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 04:00:39.56 :aRQo7HAg0
伊織「な、なんでやよいがいるのよ!!」
やよい「なんでって、伊織ちゃんとキャッチボールしてるんだよ? 変な伊織ちゃん」
伊織「変なのはそっちよ……」
目の前のやよい(?)は、私が何を言っているかわかっていな様子だ。昨日と同じ場所、同じシチュエーション。まるで私が昨日に来てしまったみたいな……
やよい「あっ、もうこんな時間だ! 今日はもやしパーティーだから早く帰って特売行かないと! バイバイ、伊織ちゃん! また明日も練習しようね!」
昨日と同じ言葉を言って、帰ろうとするやよい。
もしもこれが昨日なら……
11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 04:02:31.79 :aRQo7HAg0
伊織「待って!」
やよい「どうしたの伊織ちゃん?」
伊織「……送っていくわ」
やよい「大丈夫だよ。伊織ちゃんが遠くなっちゃうし、一人で帰れるよ!」
伊織「そういうわけにいかないわ! 最近この辺に女子中学生の靴下だけ狙う変態大人が徘徊してるらしいの! 二人でいた方が安全よ!」
やよい「それは怖いかも……伊織ちゃん、一緒に帰ろ!」
伊織「ええ、二人なら安全ね」
やよいの死を防ぐことが出来るかもしれない。
13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 04:06:12.61 :aRQo7HAg0
やよい「ここの石段急な……、うわぁ!」
伊織「やよい!!」
足を踏み外し転げ落ちそうなやよいの手をとっさに掴む。昨日やよいはここで死んだはず。今私がやよいを助けたことで、死ぬ未来はなくなった!
やよい「あ、ありがとう伊織ちゃん! 落っこちちゃうとこでした」
伊織「もう、足元に気をつけなさいよね」
これですべて元通り。やよいは明日を生きることが出来る。みんなが泣くこともなくなるはず……
やよい「ありがとう伊織ちゃん! じゃあ私買い物に行かないと。じゃあね!」
伊織「ええ、また明日」
無事に送れてホッとする。
伊織「今日はもやし料理でも作ってもらおうかしら?」
軽い気持ちで家に帰る。変態大人? いるわけないじゃない!
14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 04:09:23.69 :aRQo7HAg0
伊織「~♪」
昨日よりも清々しい気持ちでお風呂から上がる。このまま踊ってもいいぐらい、今の私は気分が良い。
伊織「あっ、電話。誰かしら?」
見たことのない番号ね。固定電話かしら? 765プロ以外には殆ど教えてないんだけど、何度もかかってきている。気味が悪いわね……
伊織「もしもし! どちら様よ!」
猫も被らず、激しい剣幕で相手を威嚇する。一体どこの悪質なファンよ!
??「うわっ! おれだよおれ!」
伊織「このご時世に俺俺詐欺!? 今からあんたの電話番号で住所調べあげてやるわよ! 覚悟しなさい!」
??「おれだって! 高槻長介!!」
伊織「って長介!?」
15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 04:11:47.11 :aRQo7HAg0
ちょっと待ちなさいよ! 昨日もこの時間に長介から電話があったわね。まさか……、違うわよね!?
長介「ね、姉ちゃんが……、死んだんだ」
伊織「え?」
まるで昨日のやり取りそのもの。長介はまともに会話が出来ないぐらいに泣き出し、私は状況を整理するのに精いっぱいだった。
どうして!? 私はやよいを救ったはずよ!? 何がダメだったの!?
長介「特売を買いに行くときに、工事現場で鉄骨の下敷きになったって……なんでだよ……、なんで姉ちゃんが……」
伊織「そんな……っ!」
石段で死ぬことは無くなった。でも次は工事現場で下敷き……どういうことよ!!
誰か説明しなさいよ……
17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 04:13:47.89 :aRQo7HAg0
翌日、私と長介は事故現場に花束を供えにやってきた。
長介「姉ちゃん……」
大切な姉が一瞬にして帰らぬ人になる。私たち以上に長介は辛いのだろう。それでも泣くまいと必死にこらえる姿を見ると、こちらの心が痛くなる。
長介「もしさ、昨日に戻れたらさ、俺は姉ちゃんが死ぬのを止めれたのかな……」
伊織「昨日? そうよ!! 昨日!」
長介「へ? どうしたの、伊織姉ちゃん」
伊織「ゴメン長介! 少し確かめたいことがあるの!」
長介が後ろで何か叫んでいるけど、私の耳には何一つ入ってこない。それほど必死だったんだと思う。
昨日に戻れるなら。明確な根拠はないけど、私はあの公園へと走っていく。
18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 04:16:46.21 :aRQo7HAg0
伊織「はぁ…、はぁ…」
息を切らし、公園にたどり着く。昨日のように、子供もいない静かな公園。息を整えようとベンチに座ると、またしても足元にコツンと何かが当たる。
伊織「ボール……」
???「わわっ! 暴投だ! ゴメン、返してー!」
後ろから響く聞きなれた声。
伊織「やよい……」
やよい「どうかした?」
伊織「いえ……、なんでもないわ。はいっ」
やよい「ありがとう!」
またしても、私は昨日の公園に辿り着いたみたいだ。
19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 04:19:31.83 :aRQo7HAg0
やよい「伊織ちゃんありがとう! じゃあ私買い物にいかないと!。じゃあね!」
伊織「待ってやよい!」
やよい「なーに? そろそろ行かないと買えなくなっちゃうんだけど……」
伊織「行っちゃダメなの! なんでかって言われたら困るけど、行っちゃダメ!!」
やよい「でもそれじゃあ買い物に行けないよ? あっ、急がなきゃ! ゴメン伊織ちゃん!」
伊織「やよいー!!」
私の必死の説得もむなしく、スーパーへと自転車で駆け出すやよい。
伊織「先回りすれば!」
やよいが通り過ぎるだろう工事現場へと急ぐ。あれをなんとかすればいい、間に合って!!
20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 04:23:47.81 :aRQo7HAg0
やよい「あれ、伊織ちゃん?」
伊織「ぜぇ…、もう限界よ……」
全力で走って、なんとかやよいより先に工事現場へと着く。通せんぼをするみたいに、両手を挙げてやよいの前に立ちふさがる。
やよい「えーと、そこ通りたいんだけど……」
伊織「ごめんやよい。悪いけどここを通すわけにはいかないの」
まるで悪役みたいな台詞だ。
やよい「伊織ちゃん意地悪です!」
ゴメン、心の中で謝ると……
やよい「きゃあ!」
伊織「え?」
何かが地面にぶつかる轟音。恐る恐る後ろを見ると、鉄骨が空から落ちてきていた。
やよい「わ、わ……」
唖然とするやよい。
伊織「言ったでしょ? もやしが欲しいなら私が買ってあげるわよ」
やよいは只々頷くしか出来なかったみたいだ。
21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 04:30:18.98 :aRQo7HAg0
伊織「ほんと、迷惑かけちゃって……」
寝室で一人愚痴る。長介からの電話もない、今回は上手くいったのだろう。そう思うとどっと疲れが私を襲って、深い眠りについていった。
伊織「何よこれ……」
翌朝、何の気なしにつけたニュースの内容に、私は言葉を失った。
キャスター『昨晩、人気アイドル高槻やよいさんの家に強盗が入り、高槻やよいさんが殺害され、弟の高槻長介君も意識不明の重体に……』
だから電話がなかったんだ。長介も電話できる状態じゃなかったから。
伊織「何でよ……何で悪い方向にしか行かないのよ!?」
初めはやよいだけだった。それがどうかしら? 助けるたびに事態は酷くなっていき、長介にまで危害が及ぶ。
伊織「やよいの死を見過ごせっていうの?」
そんな映画があった気がする。死を免れたとしても、死神は決してあきらめない。行き着く場所は、死。
伊織「そんなのってないわよ……」
22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 04:34:52.37 :aRQo7HAg0
繰り返されるやよいの通夜。内容を暗記してしまったぐらいだ。通夜も終え、みんなが泣いている中、私はもう一度公園へと走る。
伊織「やよいは私が守ってみせる……!」
転がってくるボール、やよいの放つ言葉、全てが昨日と同じだ。もう驚くことがなくなっていた。
やよい「顔色悪いよ? 伊織ちゃん」
伊織「そうかしら? 気のせいじゃない? それよりも、私ももやしパーティーに参加していいかしら?」
やよい「もちろん! 伊織ちゃんはいつでも歓迎です!」
強盗が入った時間はもやしパーティーの真っ最中のはず。私はやよいに秘密で、黒服を高槻家の前に配置した。これなら強盗も入ってこれないでしょ! 我ながらナイスアイデアね!!
24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 04:40:48.53 :aRQo7HAg0
やよい「うっうー! もやしパーティースタートです!!」
やよいの合図の元、もやしパーティーが始まった。いつ来ても、秘伝のタレのおかげかおいしく感じる。どうやって作るのかしら? 今度うちの料理人に作らせてみようかしら?
長介「あー! 伊織姉ちゃんそれ俺がとろうとしてたのに!」
伊織「甘いわね、この世は弱肉強食なの……、ってかすみ! 何とってんのよ!!」
こんな楽しい団欒の中、強盗は入ったのだろうか。
伊織「あっ、電話……もしもし?」
電話の相手は黒服。どうやら、怪しい男を捕まえたらしい。これで、やよいも長介も無事なはず……
伊織「さて、どんな罰を与えてやろうかしら? にひひっ」
やよい「?」
やよいはよく分かってないみたいだ。分からなくていいわ、うちの研究所にモルモットが一匹増えたって話だから。
26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 04:47:09.67 :aRQo7HAg0
伊織「じゃあ私帰るわね」
やよい「うん。伊織ちゃんが来てくれてすっごく楽しかった! また来てね!!」
やよい達と別れ、私は近くのバス停のベンチに腰を下ろす。まだ何か起こるかもしれない。朝まで見張っておこう。黒服にも指示をさせて、私たちは高槻家を見守ることにした。
伊織「はぁ、疲れるものは疲れるわね……ふぁーあ……」
気づいたら寝ていたみたいだ。周りが妙に騒がしいから目が覚める。
伊織「やよいは!?」
ベンチから立ち上がり、高槻家を見る。
伊織「そんな……、嘘でしょ?」
高槻家から昇る黒い煙。やじ馬たちが取り囲む中、やよいの家は燃えていた。
27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 04:52:23.21 :aRQo7HAg0
伊織「黒服! 何やってるのよ!!」
黒服に連絡を取るが通じない。
伊織「どうしてよ! どうして助けようとするたびにむごくなるのよ!!」
私の叫びは、誰にも届かない――。
火災により、高槻家8人焼死。黒服たちは、懸命に救助活動を行っていたようだ。結果として、報われることはなかったけど。
鏡を見ると、アイドルとは思えないぐらい憔悴しきった私の顔。これが竜宮小町のリーダーって言うんだから呆れて物も言えないわ。
伊織「こうなったら私の家にかくまうわ!!」
決意を新たに、私は昨日へと戻る。
28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 04:55:52.51 :aRQo7HAg0
繰り返される昨日と同じように、私はボールを拾う。
やよい「伊織ちゃん、どうしたの? 顔色悪いよ? 今にも死んじゃいそう……」
伊織「何でもないわよ……」
死ぬのは私じゃない、やよいよ。そう言えたらどれだけ楽なんだろうか?
やよい「もし悩みがあるなら、私が聞いてあげる!」
太陽のようにまばゆい笑顔を見せる。夕闇の公園には不釣り合いで、それが何となくおかしく感じるとともに、もの悲しくなってきた。
伊織「もしよ? もし私が死んだらどうする? 今日死んじゃうって分かってるの。その時、やよいならどうする?」
やよいは一瞬ぽかんとしたけど、すぐに笑ってこう答えた。
やよい「助けるに決まってるよ!」
うん、そう答えるって分かってた。
29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 04:58:20.92 :aRQo7HAg0
伊織「でも無理なの。何度助けたって、結局死んじゃうの」
やよい「えー。でも私は何回でも助けます!」
伊織「助けられないの! 何度助けても、無理なのよ! それどころか助けようとする度、状況は悪くなっていく!」
目から涙がポロポロと流れる。分かっていた。私の家にかくまったところで、今度は私たちにも危害が及ぶかもしれないって。助けようとする度、周りを巻き込んでいくって。
やよい「何の話?」
心配そうな目で私を見る。そうよね、急にこんなこと言い出したら変よね。
伊織「分からないわ……」
伊織「ねえ、やよい」
やよい「うん?」
伊織「あんたの一番大切なものって何?」
やよい「えーと、アイドルもそうだけど、やっぱり家族が一番大切です!」
そうよね、あんたならそう答えるわよね――。
30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 05:02:05.42 :aRQo7HAg0
やよい「あっ、もうこんな時間だ! ごめんね伊織ちゃん! バイバイ、また明日ね!」
私はそれを無言で見送った。
長介「あっ、伊織姉ちゃん! その大変なんだ!! 姉ちゃんが、今日の夕方死んだんだ……」
石段を踏み外して、頭を強打。それがやよいの死因。
長介「伊織姉ちゃん?」
私は何も答えず、ただただ相槌を打つだけだった。
通夜を終え、私はまた公園へと足を運んでいた。コロコロと転がるボール。私をそれを取ろうとしたけど、手は届かなかった。
伊織「やよい……、ごめんなさい……」
声にならない嗚咽。崩れ落ちた私の目の前で、ボールがゆっくりと消えていった。
34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 05:09:41.80 :aRQo7HAg0
7年後
伊織「はぁ……」
やよいの死から7年がたった。もうすぐ七回忌、こうしてみると時間の流れは速いものだ。
人気アイドルの突然の死は、多くの人を悲しませたが、7年もすると、みんな忘れたかのようにやよいの話をしなくなった。街中で聞いたら、ああ、そんな人いたわね。ぐらいで済んじゃうんだろう。
私はこうして、公園のベンチで物思いにふけることも有る。たまにボールが転がってくるが、それを取ってもやよいは現れなかった。何度も繰り返された昨日は終わり、私たちの時間は前に進んだのだ。
長介「どうしたの、伊織さん」
伊織「少し昔を思い出しちゃって」
目の前にはキャッチボールに興じる子供たち。あの日のことを思い出してしまう。
長介「もうすぐ七回忌だもんね」
やよいの死後も、高槻家とは個人的な付き合いを続けていた。やよいが残した彼らが心配なのもあったけど、なにより私もあの暖かな空間に居心地の良さを感じていたのだ。
長介「はい、オレンジジュース。遅くなってゴメン」
長介は私にジュースの缶を渡す。果汁100%オレンジジュース。趣向はあのころから変わっていない。
伊織「? まだ5分もたってないわよ?」
長介「そっか、そうだよね……」
うつむき気味に言う長介。あれ? なんか顔色悪いわね。
36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 05:15:27.71 :aRQo7HAg0
伊織「どうしたのよ、辛気臭い顔しちゃって。こっちまで気が滅入るわ」
長介「ごめん、大丈夫だから」
声に張りもなく、とても大丈夫そうに見えない。
長介「ねえ伊織さん」
伊織「なによ、改まって」
長介は思いつめたように口を開く。
長介「今日、もし俺が死ぬって分かったらどうする?」
伊織「へ?」
長介「い、いや! 何でもないよ!! 聞いてみただけ。気にしないで」
伊織「変なの」
立ち上がると、コロコロとボールが転がってきて足元で止まる。
子供「ごめんなさい、それ取ってくれますか?」
伊織「ん? 分かったわ! はいっ」
ボールは弧を描いて飛んで、グローブへと収まる。
38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 05:18:45.54 :aRQo7HAg0
子供「ありがとうございます!」
伊織「こっちに飛ばすんじゃないわよー!」
長介「……」
そうか。そういうことだったんだ。きっとあの頃の私も――。
伊織「……ありがとう、長介。もう私のために頑張らなくていいのよ」
長介「伊織さん……」
お疲れ様。私はもう、十分だから。
41 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/04/29(日) 05:21:07.63 :aRQo7HAg0
読んでくださった方、ありがとうございました。題材が題材なだけに、書いてていいのか分からなくなりましたが、書き溜めを無駄にしたくなかったんで書きました。
もし次書くとしたら、底抜けに明るい話が書けたらいいな。おやすみなさい。
2ちゃんねるに投稿されたスレッドの紹介です
【2ちゃんねる】伊織「昨日公園」
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1335638385/