とってもとっても暑くて、とってもとっても日差しが強くて、ずっと外にいたらすぐに死んでしまいそうなのに、いつも不幸な私でも、なんだか楽しくなって、何かをせずにはいられない。そんな季節。夏。


2 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:37:51.35 :lIJO8+9p0

今日は珍しく朝起きてからお仕事のために道路を歩いている今の今まで不幸なことが起こっていません。
いつもなら、例えば、今かぶっているお気に入りの麦わら帽子が風で流されちゃったり、さっきまでかけらも見えなかった積乱雲がものすごい勢いで空いっぱいに広がったと思うと、私の頭めがけて雨を降らせたりするはずなのに。多分これも夏だからかな?
とにかく、今日は良い日です!


3 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:39:04.09 :lIJO8+9p0

そんなことを思いながら気分よく歩いていますけど、やっぱりついつい口に出ちゃいます。

「あっつい…」

普段そんなに汗をかかない私ですら、首筋や背中から滝のような汗が流れ、おでこから滴り落ちた汗のしずくはコンクリートに着地すると跡形もなく消えていきます。
15時から仕事だからって言って、14時半にお家を出たのは間違いだったかな?
そういえば学校の授業で14時の気温が一日の中で最高気温になるって習った気がする…。
もうちょっとだけ、早めに家を出ればよかったかな。
自分の不注意、考えの足りなさで陥った状況は不幸ではないけど、だからこそ余計に後悔してしまいます。

 
4 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:40:03.62 :lIJO8+9p0

これじゃあせっかくの良い日がだめになっちゃう。気持ちを切り替えるために、今歩いてきた道を振り返ると、コンクリートの道から水蒸気みたいにゆらゆら、ゆらゆら、空気が歪んでいました。
もちろんこの光景は砂丘でもよく見かけますし、ここでも夏に入ってから幾度となく見かけています。
だけど、今見ているそれは、なんだかいつもよりもちょっとだけゆがみが大きくて、なんだか少しだけ怖い感じがします。
ゆらゆら。ゆらゆら。

 
5 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:41:34.12 :lIJO8+9p0

なかば目をそらすようにして前に向き直すと、いいことを思いつきました。
昔よくやっていた遊び。コンクリートの上にできている水たまりみたいなもの追いつくまでひたすら追いかける遊び。
今でこそ何が楽しいんだろうと思いますけど、小さい頃の私には、一人でできるお手頃な遊びとして、夏の間は欠かさずやっていたことを覚えています。

 
6 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:42:01.18 :lIJO8+9p0

「よしっ…」

私は、ちょっと暑いけれど、このせっかくの良い日を少しでも長く続けたいという思いから、久しぶりに小さいころのように追いかけてみることにしました。

 
7 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:42:51.02 :lIJO8+9p0

追いかけていると、事務所が見えてきました。

「ふう…」

 
8 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:43:45.45 :lIJO8+9p0

私は追いかけるのをやめ、一息つきます。
炎天直下の中での小走りはさすがに疲れました。
けど、久しぶりに小さいころのように楽しく遊べましたし、暑い外から入った時の涼しいクーラーは最高に気持ちがいいことを私は知っています。
あの涼しさを考えて、うきうきしながら自動ドアを通り抜けると…。
自動ドアを通り…、通り抜け…、抜け…?
自動ドアが開きません…。上をあおぐと、いつもは赤く光っているはずのセンサーが光っていません。
内心ため息をつきながら、仕方なく自動ドアを手で開けようとすると、ドアに張り紙が貼ってありました。

 
9 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:44:21.10 :lIJO8+9p0


“このたび、弊社は倒産しました。タレント及び従業員の方々には御迷惑をおかけしました”

 
10 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:45:04.96 :lIJO8+9p0

黒いマッキーで雑に書かれたそのへたくそな文字列は、クーラーなんかなくても私を十分すぎるほどに冷やしてくれるものでした。

 
11 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:45:55.00 :lIJO8+9p0

私は、現実を受け入れたくないからか、しばらくの間事務所、もとい元事務所の自動ドアに貼られた紙を見つめていました。
そして、やはり納得できずに、何を思ったか、自動ドアをさっきと同じように手で開けようとしました。
ドアの真ん中にあるすき間に両手の指をいれて、両腕に力をいれて、

「せーのっ!」

 
12 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:47:40.35 :lIJO8+9p0

「そこの君!」

「ひゃうん!?」

ドアを開けようとした瞬間、いきなり声をかけられて変な声が出てしまいました…。
そして、ふと気が付きました。ここはもう事務所ではなくなっていることに。
もしかして、今私がやっていることは不法侵入?もしかしたら、今、私に声をかけた人は警察の人?
もしかして、とってもとってもまずい状況?私は振り向きながら慌てて言います。

 
13 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:48:25.63 :lIJO8+9p0

「ち、違うんです!不法侵入しようとしていたんじゃなくて…ええっと、なんていうか、とにかく違うんです!」

「うん?」

「…ほえ?」

 
14 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:49:00.06 :lIJO8+9p0

私に声をかけたであろう人は、立派な警察服を着ているかと思いきや、くたびれてよれよれになったスーツを着た男の人でした。

「…えっと、不法侵入?」

余計なことを言ってしまったでしょうか?あわてて誤解をとこうとします。

 
15 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:49:39.92 :lIJO8+9p0

「ち、違います。私は個々の建物の中にあった事務所に所属していたもので…。でも、その事務所が破産して、それで…。」

言葉がつながりません。口の中が乾いていきます。さっきまでかいていた汗が引いていました。

 
16 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:51:22.26 :lIJO8+9p0

「うーんと、詳しいことはよくわからないけど、とりあえず君の所属していた事務所がつぶれてしまって、今、君はフリーの状態ってことで良いよね?」

てっきり怒られるんじゃないかと思っていた私には、予想外の言葉が返ってきました。
本当に予想外でびっくりです。

 
17 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:52:08.44 :lIJO8+9p0

「は、はい…」

なんとか返事は返せました。

「ちなみに、君はその事務所で何をしていたの?」

男の人はさらに私に質問を重ねていきます。

「えっと、一応アイドルを…」

私がアイドルになった事務所はひとつ残らず倒産しているけれど。

 
18 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:52:45.80 :lIJO8+9p0

「アイドル!それが素晴らしい!」

男の人はそう言うと、私を頭からつま先まで見始めました。
…もしかしてこれって不審者なんじゃ…?そう思っていると、突然、その男の人が言いました。

「君さ、よかったらウチでアイドルやらないかな?」

 
19 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:54:25.86 :lIJO8+9p0

その発言に、私は無意識のうちに強く反発していました。

「だめですっ!」

男の人は私がいきなり大きな声を出したことに驚いていました。構わず続けます。

「私は…、私は疫病神なんです。今日がいい例です。私が所属した事務所はすぐに倒産しちゃうし…。私がスタジオで収録していると何らかしらの不幸なことが起きるし…。そのせいでほかのアイドルの子とは仲良くできないし…」

 
20 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:55:16.76 :lIJO8+9p0

話していると涙が出てきそうです。男の人の方を見ると、

「うーん、不幸ねぇ…」と言いながらあごをさすっていました。

「まあ、うちの事務所には関係ないかなぁ…。ま、とりあえずうちの事務所に行こうよ!」

「ささっ」と言いながらその男の人は私を追い立てます。
この人は、話を聞いていたんでしょうか?事務所がつぶれてしまうのに…。

 
21 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:56:00.17 :lIJO8+9p0

「あ、あの…」

「いいからいいから」

話しかけてもその人は私を連れて行こうとします。強引です。強引すぎます。
だけど、今の私には、この強引さが、なぜかとても心強く感じました。

 
22 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:56:35.25 :lIJO8+9p0

「ただいま戻りましたー」

男の人が扉を開けながら言います。そしてそのまま入っていきます。私もそれに続きます。

「おかえりなさい。予定よりも少し遅かったですね?…あら?Pさん、そちらの方は?」

中から、女の人の声が聞こえました。

 
23 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:57:32.16 :lIJO8+9p0

「いやー、帰り道にスカウトしちゃいました!この子、もともと所属していた事務所が倒産しちゃったらしくてですね。しかも、そこでアイドルやってたらしいんですよ。もう、即戦力ですよ!」

「…そうですか…」

その男の人、プロデューサーさんが、あまりにまくし立てて言うので、蛍光緑のスーツを着た女の人はだいぶ引き気味の状態です。

 
24 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:58:05.62 :lIJO8+9p0

「ところで、Pさん。その子のお名前は…?」

「あ、そうだ。名前。名前聞いてなかったよそういえば。」

「はあ!?聞いてなかったんですか?まったくもう…」

女の人はそう言うと、私の方に向き直りました。

 
25 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:58:56.67 :lIJO8+9p0

「ごめんなさいね?いきなりこんなのが話かけてきて怖かったでしょう?でも大丈夫。ウチは歴とした”ちゃんとした”芸能事務所だから。」

「ちひろさん、その言い方、余計怪しく聞こえますよ」

「うるさい。Pさんは少し黙っててください。…とりあえず、お名前、教えてくれる?」

 
26 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 17:59:41.78 :lIJO8+9p0

いきなりテンポの速い二人のやり取りを見せつけられて、頭がこんがらがってきていましたが、何とか答えます。

「しら…、白菊ほたるです…」

「ほたるちゃんね。私は千川ちひろ。この事務所で事務員をしているの。よろしくね」

「こちらこそ…よろしくお願いします…」

 
27 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:00:08.04 :lIJO8+9p0

「そして俺がここの事務所のアイドルのプロデューサーのP。よろしく、ほたる。」

「は、はい。よろしくお願いします…」

そういえば、Pさんから自己紹介もされていませんでした。

 
28 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:00:45.93 :lIJO8+9p0

「相手の名前を聞いていないだけじゃなく、名乗りもしないでスカウトしたんですか!?信じられない。いつも言ってますよね?スカウトするときは名刺を出して名前を名乗れって。なのにあなたはなんでそうやって…」

「まあまあ、その話はあとに置いておいて。…ほたる、ウチのアイドル達にもあいさつしに行こう。」

Pさんはそう言いながら、私の背中を押します。

「あ、Pさん、話はまだ終わってませんよ!」
ちひろさんの声が後ろから響いてきます。

 
29 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:01:45.32 :lIJO8+9p0

「ちひろさんはとても優秀だけど、小うるさいのがなぁ」

さらに奥の部屋に続く廊下で、Pさんがつぶやきます。
でも、ちひろさんが言っていることは100%正しい気がするので何とも言えません。
むしろ、よく名乗られもしていないのについていったなと、自分の行動がいまさらながらちょっと怖くなりました。

 
30 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:02:39.59 :lIJO8+9p0

「おーい、みんな。ちょっと来てくれ。」

Pさんが部屋の扉を開きながら大声で呼びます。

 
31 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:04:11.19 :lIJO8+9p0

「あ、プロデューサーさん。ようやく帰ってきましたね。まったく、カワイイボクを放っておいて、いったいどこへいっていたんですか?…ん?」

「P!どこ行ってたのよまったく。…うん?」

「おかえりなさい、プロデューサー!」

「遅かったわね、P。そんなようじゃ、世界レベルは程遠いわよ。」

 
32 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:05:16.03 :lIJO8+9p0

それぞれの人が一斉にしゃべっていて、何が何だかわかりません。
この人たちがここのアイドルでしょうか。
プロデューサーさんは一斉に話しかけられたことをものともせず、自らも話し始めます。

「いやいや、ごめんごめん。帰り道にスカウトしててさ。で、この子が今日からウチに所属することになった白菊ほたるちゃん。みんな、仲良くしてやってくれよな。」

 
33 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:06:08.27 :lIJO8+9p0

「し、白菊ほたるです。よろしくお願いしまぬ!」

…勢いをつけたせいで思いっきり噛んでしまいました。とってもとっても恥ずかしいです…。
恥ずかしかったのでそのまま下を向いていると、誰かが私の顔を持ち上げました。

「フーム、ボクの次くらいにカワイイですね。」

持ち上げた主が言います。

 
34 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:06:44.83 :lIJO8+9p0

「ですが!やはりボクが一番ですね!…おっと、申し遅れました。世界一カワイイボクこと輿水幸子です。白菊ほたるさん、よろしくお願いしますね。」

そういって私の顔から手を放すと、左手を差し出してきました。

 
35 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:08:38.13 :lIJO8+9p0

「よ、よろしくお願いします…」

握手をします。右手の人が多いので、左手同士での握手はなんだか新鮮です。

 
36 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:09:32.12 :lIJO8+9p0

「アタシは小関麗奈。レイナさまって呼びなさい、新入りちゃん。」

「は、はあ…?」

「私は斉藤洋子。よろしくね、ほたるちゃん!」

「は、はい。よろしくお願いします。」

「ちょっとちょっと洋子!何勝手に自分の自己紹介に入ってるのよ!?まだアタシの自己紹介追ってなかったでしょうが!?」

洋子さんの自己紹介が終わると、レイナさまが叫び始めました。

 
37 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:10:21.88 :lIJO8+9p0

「そ、そうなの?てっきり終わってるものかと…」

「そんなわけないでしょ!このレイナさまがそんな少ない自己紹介だけで終わると思ったら…」

「私はヘレン。ほたる、一緒に世界レベルを目指しましょう。」

「は、はい…。よろしくお願いします…。…世界?」

「そう、世界よ!」

「もー!!」

またしても自己紹介を遮られたレイナさまの絶叫と、ヘレンさんの叫びが重なり、事務所全体に響きます。

 
38 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:12:04.31 :lIJO8+9p0

こんなにキャラクターの濃い人たちが世の中にいたのかと思うくらいに皆さん一人ひとりのキャラが濃くてびっくりしています。
なんだかなにがなんだか分からなくなってきました…。

「じゃあ紹介も済んだことだし、打合せするぞー。」

Pさんはそう言いながら、壁掛けのホワイトボードに近づきます。

「あ、ほたるはそこに座ってて。」

いわれるがままに席に着くと、スケジュールの確認などが行われ始めました。
ふう…。
ようやく一息つけます。
なんというか、みなさん一人ひとりの個性が溢れていて、まるで嵐のようです。テンペストです。今なら双子もかすんで見えます。
こうして、果たしてこの中でうまくやっていけるのだろうかという若干の不安を抱きつつも、新しい事務所での時間がスタートしたのでした。

 
39 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:13:12.47 :lIJO8+9p0

私がこの事務所に来てから一週間が経ちました。
相変わらず私の不幸ぶりは健在で、事務所のみなさんに迷惑ばかりかけています…。
昨日はコピー機がいきなり詰まっちゃうし、おとといはプロデューサーさんのマグカップの持ち手部分が取れてしまったし、その前なんか…。
数え上げたらきりがありません…。

 
40 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:14:12.95 :lIJO8+9p0

「ふう…」

ため息をつきながら、ふと窓の外を見てみると、見るからに元気のなくなっている鉢植えがありました。
まるで私みたいです。

「お水、あげた方がいいよね…」

窓際に行って鉢を持ち上げました。見かけによらず重いです。

 
41 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:15:02.38 :lIJO8+9p0

「お水、お水。」

水道まで行こうとしたところ、

「きゃあっ、は、…鉢が…!」

不幸です。

 
42 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:15:44.38 :lIJO8+9p0

「あぶない!」

ズサーという音とともに人か上げが飛び込んできました。

「おおっと!ナイスキャッチ!ほたるちゃんは大丈夫?」

 
43 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:16:41.58 :lIJO8+9p0

「よ、洋子さん…。わ、私は大丈夫ですけど洋子さんは…」

「私は大丈夫だよ!鉢植えちゃんも無事みたいだし。」

「すみません…私の不幸のせいで…」

「大丈夫だって。私、運動神経は良いんだから!はい、鉢植え。」

「あ、ありがとうございます…」

惚れ惚れするような素敵な笑顔で、洋子さんが鉢植えを渡してくれます。

 
44 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:19:27.67 :lIJO8+9p0

「ナイスキャッチね、洋子。」

いつの間にか来ていたレイナさまが言います。

「あ、レイナちゃん、おはよう!」

「はいはいおはよう。それよりも洋子。今くらいのキャッチができるんなら今週末のスポーツはドッジボールで決定ね。」

レイナさまがニヤニヤしながら言います。

「ええっ!ちょ、ちょっと待ってよ。私、球技はにがてなんだよ~!」

「もちろん知ってるわよ。だからこそドッジボールにするんじゃない。アンタに勝つためにね!今までの借りをかえさせてもらうわよ!」

「お、お手柔らかに…」

 
45 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:20:09.92 :lIJO8+9p0

「覚悟しなさい!…それとほたる!」

さっきまで洋子さんを刺していた指が、今度は私に向けられます。

「は、はい…」

「アンタねぇ、その鉢植え、案外重いんだから、鉢を移動させるんじゃなくてじょうろ使えばいいじゃない。」

 
46 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:21:04.24 :lIJO8+9p0

「じょ、じょうろ…?でも、そんなものどこにも…」

「コレよ、コレ!」

レイナさまの手にいつの間にか握られていたのは、ただの500ミリのペットボトルでした。

 
47 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:21:37.02 :lIJO8+9p0

「これって、ペットボトル…?」

「違う!ほら、よく見なさい!」

言われた通りによく見てみるとそのペットボトルには青いマッキーで『じょうろ』と書かれていました。

 
48 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:22:16.16 :lIJO8+9p0

「『じょうろ』って書いてあるでしょ。なら、これはじょうろよ!」

「は、はい!」

とても強引ですけど、気迫に押されて、つい返事をしてしまいました。

「それと!」

レイナさまの話は続きます。

 
49 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:23:01.37 :lIJO8+9p0

「アンタ、下向きすぎよ。少しは前見なさい前。そんなんだからじょうろの存在にも気づかないのよ。」

「まあ、じょうろの存在を見つけられるかはともかく、他は麗奈さんの言う通りですね。」

フフーンと髪をはねさせながら、幸子さんが会話に加わります。

 
50 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:23:50.35 :lIJO8+9p0

「カワイイアイドルが、顔を下に向けてどうするんです?アイドルなんだから、そのカワイさを全世界の人たちに知らしめないといけないんです。下なんて向いてる暇はありませんよ。」

「そうだよ、ほたるちゃん。ほたるちゃん、可愛いんだからさ。」

洋子さんも続けて言います。

 
51 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:24:34.15 :lIJO8+9p0

「で、でも…」

「でも、なんです?もしかして、ボクが最初に言った言葉、疑ってます?」

「え?」

「あ、もしかして忘れたんですか!?まったくしょうがない人ですね。いいですか?ボクはほたるさんに最初にお会いした時、『世界で一番カワイイボクの次くらいにカワイイ』って言ったんです。だからですね、ほたるさん。」

 
52 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:25:33.95 :lIJO8+9p0

幸子さんはそこでいったん言葉を切ると、いきなり私の顔を手で挟んできました。

「ひゃう!?しゃ、しゃちこさん?」

「なんで下を向いてるのかはわからないですけど、そんなのもったいないです。ボクやプロデューサーさんが認めてるんですよ?一緒に前を向きましょう。そして、世界をカワイイで支配するんです!」

「ひゃ、ひゃい…」

語る幸子さんはものすごい迫力です。目力もすごいです。


53 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:26:06.89 :lIJO8+9p0

「その通りよ、幸子。よく言ったわ」

バーン、という衝撃音とともに開いた扉の向こう側に立っていたのはヘレンさんでした。

 
54 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:26:53.10 :lIJO8+9p0

「今日は『ヘーイ』じゃないのね。」

レイナさまがニヤニヤしながら言います。

「フッ、愚問ねレイナ。世界は刻一刻と変化しているわ。同様に私も。それを忘れないことね。」

「何よそれ…」

 
55 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:28:16.93 :lIJO8+9p0

「ところで幸子」

「はい、何ですか?」

「今からほたると外に出るから、後のことは頼んだわよ」

「えっ?でも、確かヘレンさんこの後仕事じゃ…?」

 
56 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:31:18.85 :lIJO8+9p0

「そこを何とかするのよ。大丈夫。可愛い幸子なら出来るわ。」

「…フ、フフーン。当然です。世界一カワイイボクなら、仕事をすっぽかしたヘレンさんのフォローくらい余裕です!」

幸子さんはやけくそ気味に言います。

「フフ、期待してるわよ、幸子。じゃあ、ほたる。行きましょう」

ヘレンさんはそう言うと私の手をつかんで開かれたままの扉に向かいます。

 
57 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:32:05.05 :lIJO8+9p0

「あ、ヘレンさん」

幸子さんが呼び止めます。

「何かしら?」

「外出するのはわかりましたけど、いったいどこに行くんです?」

 
58 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:33:41.03 :lIJO8+9p0

そうでした。このまま流れでヘレンさんに連れていかれるところでした。どこに行くのか何も知らされてません。
そもそもヘレンさんと出かけるなんて今始めて知りましたし。
ヘレンさんは少し間を開けたかと思うと、おもむろに右手をあげました。そして一言、

「宇宙よ」

 
59 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:35:31.98 :lIJO8+9p0

「「「「………」」」」

何かの聞き間違えでしょうか?洋子さんと顔を合わせます。洋子さんも首をかしげています。
四人の気持ちを代弁するように、幸子さんが聞きます。

「あ、あの~、ヘレンさん?もう一度…」


60 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:36:45.14 :lIJO8+9p0

「宇宙よ」

「「「「えええええ~~~~~~~~~~~~~」」」」

驚きの四重奏が事務所を揺らさんばかりに響き渡りました。聞き間違えじゃなかったです…。今から私、ヘレンさんと宇宙に行くらしいです…。

 
61 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:37:34.29 :lIJO8+9p0

気が付くと、私は体をがっちりと固定されてて、身体が自由に動かないような状態で座っていました。
目の前には銀色や緑色、赤色のスイッチやレバーがずらりと並べられています。
それぞれの下には数字とアルファベットの文字列が並んでいます。いきなりすぎて訳が分かりません。

 
62 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:38:52.70 :lIJO8+9p0

なんとなく左側を見てみると、そこには窓と果てしなく広がる闇がありました。
その闇の中に小さな光の粒がところせましとちりばめられていました。
顔をいったん正面に戻します。そのまま目をつむり、十秒間数えます。
深呼吸をした後、もう一度左側を見てみます。さっきと同じ光景です。
…多分ここは宇宙です。いや、確かにここは宇宙です。
…宇宙に来てしまいました…。

 
63 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:39:24.78 :lIJO8+9p0

「おはよう、ほたる」

右側から声をかけられました。その方向に首を動かすと。ふわふわと宙に浮かぶヘレンさんの姿がありました。

 
64 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:41:33.92 :lIJO8+9p0

「今シートベルトを外すわ。そしたら宇宙服に着替えましょう。」

「は、はあ…?」

ヘレンさんにシートベルトを外してもらうと、身体が浮き上がりはじめました。

「うわっ、わ、わわわ」

「安心して。慌てなくて良いわ。とりあえず私の方につかまりなさい。」

ヘレンさんはそう言うと、私の手を肩まで運んでくれました。
ヘレンさんは、私が肩につかまったのを確認すると、さっきまで座っていた座席の背もたれを蹴りました。
まるで水中の中にいるみたいに移動していきます。

 
65 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:42:59.62 :lIJO8+9p0

無事に宇宙服と命綱を着終わり、射出ポットに立ちます。

「準備は良いかしら?」

「…はい…」

正直な話、宇宙服で宇宙に出るどころか、今自分が宇宙にいることすら何の準備も出来ていないままなのでいまさら何も準備することはありません。
…ああ、私、宇宙に出ます。

 
66 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:43:52.77 :lIJO8+9p0

『…10…9…8…』

射出までのカウントダウンが始まりました。目の前の壁が開いていきます。

『…3…2…1 ,GO!!』

私は勢いよく宇宙空間に放出されると、ぐるぐると回転しながら進んでいきます。

 
67 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:44:43.64 :lIJO8+9p0

「はへー」

思わず変な声が漏れだしてしまうくらい宇宙空間は変な感覚です。

しばらく宇宙をぼうっと眺めていると、青いものが見えてきました。

 
68 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:46:20.15 :lIJO8+9p0

「あっ、地球…」

見惚れてしまうほどにきれいです。雲の白と海の青のコントラストが目まぐるしいスピードで地球を塗り替えていきます。
いつも見ているはずの空であるはずなのに、どうしてこんなにもきれいなんでしょうか。
…いつも見ていたでしょうか?ふとレイナさまや幸子さんの言葉がよぎります。

 
69 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:47:01.33 :lIJO8+9p0

「ほたる」

いきなり呼びかけられてびっくりした私は、宇宙服に内蔵されたスピーカーから声が聞こえているのにもかかわらず、後ろを振り返りました。

 
70 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:47:50.59 :lIJO8+9p0

「あまり勢いよく振り返ると何回転もするわ。」

私の肩をつかみながらヘレンさんが言います。

命綱が絡まないように別々の方向に射出されたはずのヘレンさんは、いつの間にか私の背後に来ていたようです。

 
71 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:48:39.94 :lIJO8+9p0

「どう?宇宙は。」

ヘレンさんがたずねてきます。

「すっごくすっごく大きくて…私なんか本当にちっぽけだなって…」

「そう…じゃあ、そのすごく大きな宇宙に、何かできることはある?」

「え…。えっと…、ないです…」

「本当かしら?私はそうは思わないわ。」

目の前にヘレンさんが来ます。

 
72 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:49:46.02 :lIJO8+9p0

「ほたる、私たちは出来るわ。アイドルとして。歌を、お客さんの声援を、熱気を、心を、笑顔を、届けることが。宇宙にまで。だからまずは、あなたが笑うのよ。」

「…笑う…?」

 
73 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:51:34.23 :lIJO8+9p0

「そう、笑うの。

「あなたに

「私たちに

「世界に

「宇宙に、聞こえるように!」

 
74 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:52:08.21 :lIJO8+9p0


ヘレンさんの言葉は続きます。

 
75 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:52:57.86 :lIJO8+9p0

「そしてほたる、一緒に笑いましょう。

「あなたと

「私たちと

「世界と

「宇宙と、一緒になって、笑いましょう?」

そう言って、ヘレンさんは私に微笑みかけてくれました。

 
76 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:53:48.21 :lIJO8+9p0






「やっと帰ってきたか!ヘレン、今回ばかりはちょっとやりすぎたどころの騒ぎじゃないぞ!」

地球に戻ってくると、飛行場にはプロデューサーさんが待ち構えていました。当の本人であるヘレンさんは気にするふうでもなく話を受け流しています。

 
77 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:54:27.49 :lIJO8+9p0

「それよりもP、これ」

ヘレンさんは、懐から何か紙のようなものを取り出すと、プロデューサーさんに渡しました。

「なにこれ?」

「領収書よ」

「は?」

 
78 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:55:20.26 :lIJO8+9p0

「だから、領収書。」

「なんの?」

「ロケット代よ。」

「…はい?」

プロデューサーさんが渡された紙を見ます。

 
79 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:55:47.73 :lIJO8+9p0

「はぁ!?………嘘だろおい!宇宙旅行ってこんなにするの!?今21世紀でしょ!?ちょっと何してくれちゃってんのヘレン!」

プロデューサーさんの絶叫が響きます。

 
80 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:56:25.01 :lIJO8+9p0

「絶対にこんなの経費で出さないからな。」

「なぜ?必要経費よ?」

「んなわけあるか!むしろよく出ると思ってたな!?」

「…出ないの?」

 
81 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:58:25.81 :lIJO8+9p0

「…とりあえずちひろさんに見せてからだな。」

「いやよ。それはP、あなたの仕事のはずよ。」

「なっ!ぜっっっっっったいにやだよ。ちひろさんに殺されたくないもん。ていうか、これじゃあ殺されるじゃすまないぞ、これ。」

「なら、なおさらPの仕事ね。」

「だからやだって。」

「じゃあ、後はよろしく。P。」

「あ、おい!待てって!」

 
82 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 18:59:37.81 :lIJO8+9p0

二人のリズミカルなやり取りを見て、地球に帰ってきたんだなって思うと、不思議と笑みがこぼれてきました。
まだやり取りを続けている二人の後ろについていきながら、上を向いてみました。
そこには、見慣れているはずでいて見ていなかった青空が広がっていました。
聞こえるのかな、私の笑い声。届くのかな、私の笑顔。
今はまだ全然小さい私だけど、それでも、いつか。
いつかきっと…。

 
83 :◆jsQIWWnULI :2017/04/25(火) 19:06:17.55 :lIJO8+9p0

これで終わりです。

ほたるが落とした鉢植えを洋子さんがキャッチする話は劇場の第102話にあるのでぜひ読んでみてください。

そのついでで良いので、ぜひ今回出てきたアイドルに投票してあげてください!

ありがとうございました。

 
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【SS速報VIP】ヘレン「ほたる、宇宙に行きましょう!」 ほたる「へ?」
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