【SS速報VIP】高峯のあ「星に願いを」
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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:16:14.02 :PxCHan+00

夜空を見上げ、目を凝らして星を眺む。

見果てぬ夢に胸を焦がし、届かないと知りながら手を伸ばす。

自嘲染みた溜息。

ああ、どうか。叶うことなら。


2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:17:10.25 :PxCHan+00

◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「それでは、本日は撮影お疲れ様でした」

スタッフのその一声で、撮影は終了となった。

共演者達は、思い思いの方向へと散っていく。

私もその一人だ。

無論、言うまでもないが私は主役でもなければ端役ですらない。

スタッフロールの演者の欄の最下段、たくさんの中の一つとして扱われるのみのエキストラ。

画面を埋めるためだけの存在、代役はいくらでもいるだろう。

そんなことを考えながら、雑踏を離れ静かな場を求めた。

ここならば、落ち着けるだろう。

人気のない噴水のある広場に目星をつけ、縁へと腰掛ける。

……今日も、変わり映えのしない、仕事だった。

自身の容姿が、人目を惹くことは承知している。

だから、それを活かそうと、輝きを求めてこの世界へ来た。

しかし、どうやらそれが裏目に出ているらしい。

理由は……分からない。

きっと、私はこのまま……。

私の中で渦巻く、そんな暗い感情に蓋をするかのように、目を強く閉じた。

 
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:17:48.43 :PxCHan+00


……大丈夫。

心の中でそう呟き空を仰ぐ。

星を観ていると、心が安らぐような気がするのだ。

Wish upon a star……だなんて、らしくもないが、現状を打破する方法が思い当たらない以上、そうする他ない。

届かぬと知りながらも、無謀にも星に手を伸ばし、ただ奇跡を願った。

 
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:19:25.71 :PxCHan+00


空に手を伸ばし、まだ見ぬ輝きへと思い馳せ、どれくらいの時間が流れたのだろうか。

一秒か一分か、はたまた一時間であったのか。

そんな私の姿を眺めていたのであろう、スーツの男に声をかけられた。

「君は?」

質問の意図がまるで分からない。

このような手合いは、そそくさとその場を立ち去り無視するのが賢い選択だろう。

それは、理解している。

けれど、口をついて出たのは「……高峯のあ」という、簡素な自己紹介であった。

それを聞いた男は、にっと笑って懐から名刺を取り出し、懇切丁寧に差し出した。

ああ、撮影の関係者か。

ならば、先ほどの質問は私の所属を聞いてのものだろう。

そう思って、私も名刺を同じように差し出した。

「……なるほど。でも、あそこに君みたいな役者さん、いたかなぁ」

男は私の名刺を見て頷いたかと思えば、首を傾げ始める。

しかし、この男の疑問も尤もだ。

「……私は、無名だから」

自分で言っていて虫唾が走ったが、事実である以上は仕方がない。

男は軽く「へぇ」と、少し何か考えるふりをして、続いてこう言った。

「アイドル、やってみる気はない?」

斯くして、奇跡は起こった。

 
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:22:10.17 :PxCHan+00


「……詳しく、聞かせて」

私がそう答えると、男は待ってましたと言わんばかりに鞄からあれこれと資料を取り出し始める。

ひぃ、ふぅ、みぃ、と必要な書類が揃っていることを確認した後にクリアファイルへと入れた。

「ここに、契約書だとかの書類がまとめて入ってる。詳しいことはこれを見て、君が判断してくれて構わない」

「……なら、今から話すのは?」

「君が首を縦に振ってくれた場合の話だ」

そう前置きをして、男は私のこれからを語り出した。

アイドルになるならば、今の事務所から男の務める芸能プロダクションに移籍すること。

宣材写真の撮影。事務所お抱えのレッスンスタジオの規模。寮への入居を希望する場合の手続きについて。

それから、デビューしてからの話。

どれもおかしな点はない、どころか条件としては今の事務所よりも良い、と言える。

しかし、聞いておかなければならないことが一つある。

「……私に、アイドル然とした振る舞いは、出来ると思えない」

こればかりは、どうにもならないのではないか。

所属してから、できませんでした、では笑えない。

だから、聞いておく必要があった。

そんな私の問いに男はまたしても、にっ、と笑って「そのままでいい」と言うのだった。

 
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:22:58.13 :PxCHan+00


私の口から「どうして」の四文字が出るより先に、男は私の方向性についての話を始める。

「俺は君を、正統な路線で売ろうとは考えていないんだ」

「……つまり?」

「サイバー系、とでも言おうか。寡黙にしてミステリアス。そんな方向での展開を考えている」

「……色物は、いつか限界が来るわ」

そんな芸能人をこれまで、たくさん見て来た。

目新しさから、最初は手に取ってもらえるかもしれない。

でも、そんなものは一過性のブームだ。

「君の意見は、そうだね。その通りだ。でも、重要なのはまず目を惹くことだ」

「……次の一手も既に、ということ」

「ああ。まず君を世界に観測させる。君とは、高峯さんとはこういう人物である、という意識を徹底して刷り込むんだ」

「…………それで」

「うん。全部壊す」

こんなものはただの博打ではないか。

それで受け入れてもらえなかったら、どうする。

今度こそ終わりじゃあないか。

そんな迷いが頭を過ったが、このまま消え往くくらいならば、腹を括って一歩前へ。

「……いいわ。乗ってあげる。貴方の目にはどんなビジョンが映っているのか、私には分からない。だから、見極めさせて」

「ということは?」

「貴方の望むがままに、歌って、踊るわ。……私が出せる対価は、それだけ」

「契約成立だ。俺はそれに全霊を以て応えよう」

 
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:23:39.94 :PxCHan+00

◆ ◇ ◆ ◇ ◆



あの夜、私をスカウトした男は存外優秀であったようで二、三日としないうちに、事務所間での話をまとめてみせた。

私を獲得するためにどんな対価が払われたかは知る由もないが、これは私が気にしても仕方のないことだろう。

それからというもの、とんとん拍子に話は進み少しの摩擦もないまま移籍が成立。

私は男のプロダクションに所属するアイドルとなった。

こうも呆気なくては、感慨も何もあったものではない。

しかし、これから組むこととなる男の力量が低くはないことを知れたのは良いことだ。

 
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:24:26.77 :PxCHan+00


事務所に所属して、まず行ったのは採寸だった。

宣材写真用の衣装を作るらしく、たかが宣材写真にそこまで資金を投じる余裕があるのか、と口を挟みたくなったが、これもイメージ戦略なのだろう、と考え、大人しく従うことにする。

こうして、衣装が仕上がるまでの間は、レッスンに打ち込むこととなった。

ボーカルレッスン、ダンスレッスン、ビジュアルレッスン。

どれもこれも元の事務所に所属していた際に、一通り修めているものだ。

もちろん、以前のレッスンは発声の訓練としての色が強く、歌唱を意識したものは初めてだったけれど、一定の水準以上である自信はあった。

あったのだ。

しかし、どのレッスンでもトレーナーからはダメ出しを受ける日々だった。

 
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:28:22.31 :PxCHan+00


何故ダメなのか、それが分からなければ改善することもできない。

ボーカルレッスンでは、事務所のアイドルは皆が練習させられる曲をやった。

音程も強弱も、全て譜面通りに歌唱し切って見せた。

そんな私に対してトレーナーは「単調だ」と言う。

まるで納得がいかない。

ダンスレッスンでは、寸分のずれもなく手本通りに踊って見せた。

これは持論だが、ダンスとは身体能力を披露する純粋なパフォーマンスだ。

にもかかわらず、トレーナーは「感情がこもっていない」と言い放った。

考えの相違が著しい。

あの男に頼んでトレーナーの変更を頼むべきだ。

……磨き上げた技術以外、何が信じられるというのだろうか。

 
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:29:25.13 :PxCHan+00


レッスン終わりに事務所へと寄り、男にあのトレーナーとは意見が合わないことを相談した。

どのようなレッスンが行われているか、包み隠さず全て話すと、男は顔を顰めて「トレーナーさんの話、聞いてあげて」とだけ言った。

そう言われてしまっては、何も言えず「分かったわ」と返すしかなかった。

そして、その際に聞かされた話だが、あの男は私の担当プロデューサーとなったらしい。

「……では、これからは、プロデューサー、と」

「ああ。そうしてくれると助かるかな」

そんな確認作業もあった。

 
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:30:25.99 :PxCHan+00


またしてもボーカルレッスンの日がやって来た。

どうせ、歌う曲は同じだ。以前と同じく完璧に歌ってやろう。

そう意気込んでレッスンに臨んだところ、トレーナーから曲の変更を言い渡された。

譜面を指でなぞり音程を確認。

歌詞カードを頼りに、一節一節歌っていく。

よし。問題なく歌えるだろう。

「いけるわ」

私がそう言うと、トレーナーは音楽を流す。

それに合わせて、譜面通りに歌ってやると、トレーナーはまたしてもダメ出しをするのだった。

「歌詞の意味を理解して、その曲が伝えたいことを歌に乗せましょう」だそうだ。

曰く、歌とは気持ちを伝えるコミュニケーションの手段でもある、とか。

そんなことは、考えたことがなかった。

「では、誰でもいいです。誰かを思い浮かべながら歌ってみましょう」

ああ、それならできそうだ。

でも、誰を?

そう思って、頭の中で適当な人物を検索する。

浮かんできたのは、プロデューサーだった。

誰でもいいと言われたのだから、プロデューサーでいいだろう。


12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:31:26.59 :PxCHan+00


笑顔が鼻につく、あの男。プロデューサーの顔を思い浮かべ、曲に合わせて歌を乗せていく。

好きだの、愛だの、恋だの、単語の羅列にしか思えなかった言葉が意味を持っていく。

腹正しいけれど、間違っていたのは私の方であったようだ。

最後まで歌い切ると、少し頬が熱を持っていることを自覚する。

ふぅ、口からは漏らさなかったが、心で大きく息を吐いた。

「良かったです!!」

飛んできたのは、そんな賞賛の言葉だった。

「気持ち、乗ってましたよ!」

あれだけダメ出しをしてきた人間にストレートに褒められると、少しむず痒い。

しかし、悪い気はしなかった。

「この調子で、演技もダンスも頑張りましょうね!」

先は長いらしい。

 
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:32:27.20 :PxCHan+00

◆ ◇ ◆ ◇ ◆



トレーナーと衝突しながらのレッスンに明け暮れていたある日、プロデューサーがレッスンに顔を出した。

「高峯さん。衣装、できたよ」

手にはシンプルな黒のドレス。

そして、グレーのアームカバー……だろうか。それにしては袖口が広いが。

アームカバーには、輪郭に沿って緑の装飾があしらわれており、どこか機械的で、アンドロイドを想起させられる。

「これが、私の?」

「ああ。ミスティックサイバー、だそうだ」

神秘的な、電脳の、単語は理解できるが込められた意味は分からない。

「……名称に意味は?」

「ないな」

「……そう」

そんな無意味な問答を経て、私は初めての衣装に袖を通すことになった。

しっかりと採寸を行っただけあり、問題なく着ることが出来た。

「……どう、かしら」

純粋な疑問。

プロデューサーの見出した方向は、本当に間違いでなかったのか。

その最終確認。

「うん。バッチリだ。すぐにでも、宣材写真を撮って、活動を始めよう」

とのことだった。

 
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:33:02.53 :PxCHan+00


プロデューサーの言葉通り、その日のうちに私は撮影スタジオへと連れていかれ、衣装を着て、何枚か写真を撮られた。

その際に、彼から受けたアドバイスは「自然体で。変に笑顔を作ろうとか考えなくていいよ」とのことだった。

プロデューサーがそう言うのであれば、と素直に従ったところ、その結果に大満足であったようで撮影は一時間と経たないうちに終わってしまった。


16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:33:31.34 :PxCHan+00


宣材写真を撮ってからもレッスン漬けの日々は大して変わることはなかったが、変わったことが三つ。

芝居などの、演技の方向のレッスンの比重が増したこと。

ダンスレッスンとボーカルレッスンで行う曲が同じになったこと。

レッスンが終わる頃になると、プロデューサーが顔を出すようになったことだ。

なんでも聞くところによると、現在レッスンを受けている曲を収録したものが私のデビューシングルとなるらしい。

そんなことを聞かされて、平静を装えというのも無茶な話で、以前にも増してレッスンに取り組むようになった。

勿論、これまで手を抜いていたわけではないが、意識の差は間違いなくあるように思う。

 
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:33:58.89 :PxCHan+00


収録を済ませ、CDの形で生産し、流通に乗せる体制が整うと、満を持して初仕事がやって来た。

仕事の内容は、音楽番組への出演、そしてデビュー曲を歌い、CDの宣伝。

時間にして、数分という短い間だが、遂にアイドル高峯のあとして、人々の前に立つ日がやって来たのだ。

私の衣装を着て、私の曲を歌い、私の踊りを披露する。

ばらばらであった、三つの要素がプロデューサーの用意した舞台によって、一つになる。

そのときが来た。

 
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:34:33.52 :PxCHan+00


衣装を身に纏い、舞台裏で今か今かと、来るべき時を待つ。

司会が私の名前を呼び、ステージに上がる。

自己紹介の後に、指示に従い歌う。

歌い終わった後に、CDの宣伝を行うのだから余力は残す。

簡単だ。やってきたことを、いつも通りに、やるだけだ。

準備は、できている。

 
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:35:01.16 :PxCHan+00


『彗星の如く、現れた謎のアイドル!』

司会の声が響く。

『……高峯のあ!!』

会場が沸く。

さぁ、出番だ。


20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:35:28.30 :PxCHan+00


自己紹介を終え、司会の合図で曲が流れる。

あとは場の空気に飲まれることなく、培った技術を見せるだけ。

私を観測している相手を、意識したパフォーマンスを。

 
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:36:34.94 :PxCHan+00


後奏まで、踊り切り、曲が止まると会場からは拍手が起こった。

ああ、これは初めての感覚だ。

しかし、笑顔は見せない。

見せてはいけない。

すぐに切り替え、スタッフに伝えられた通りの位置を指し示す。

「私のデビューシングルが発売することになったわ。よろしく」

その位置に詳細と発売日が表示されている、らしいが、モニターを見ることは叶わない。

「以上、高峯のあさんでしたー!」

司会のその一言を合図に、くるりと回り髪をなびかせ舞台裏へと下がった。

……これで、良かったのだろうか。

 
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:37:39.48 :PxCHan+00


楽屋に戻ると、プロデューサーが満面の笑みで私を迎えた。

「高峯さん! すごい良かった! 最高にクールでミステリアスだった!」

そう言ってもらえるのは嬉しいが、実際に出演した私より興奮しているのは如何なものか。

「……そう」

「いける、これがアイドル高峯のあの第一歩だ」

「ええ、それは分かってるわ」

「次の話、だな」

「……そうね」

「次はもう、方向は決まってるんだ」

「その方向は?」

「お芝居をメインに据えていく」

「……異論はないわ。貴方が決めたのなら、私はそれに応えるまでよ」

 
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:38:13.05 :PxCHan+00

◆ ◇ ◆ ◇ ◆



件の音楽番組への出演以来、私の仕事は増える一方だ。

レッスン漬けだった日々を懐かしく思う程、レッスンの量はめっきり減り、仕事に充てる時間が多くなった。

仕事は、ドラマや映画への出演に留まらず、舞台公演や雑誌のモデルなどと多岐にわたるものの、ただの一度として単独でのライブはなかった。

音楽番組からのオファーや、ミュージックビデオの撮影、新曲の発表は行っているのに、だ。

どうにも裏がある。

そう思ったけれど、あのプロデューサーのことだ考えがあるのだろう。

それに、私はプロデューサーの用意する仕事と、それを私が達成した際に見せるプロデューサーの喜ぶ姿に価値を感じているらしい。

誰かのために、だなんて、歯の浮くようなことを臆面もなく言えるようになったのはいつからだろうか。

 
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:38:46.88 :PxCHan+00


活動を続けるうちに、妙な肩書きが付いて回るようになった。

自分で言うのもどうかと思うが、クールで、どこまでもミステリアス。

人呼んで、寡黙の女王。

大それた肩書だが、プロデューサーに言わせてみればイメージ戦略通り、らしい。

プロデューサーの思い描く偶像を私が体現する。

アイドル高峯のあはそうして形作られる。

私は、アイドル高峯のあは二人で一人の存在となっていった。

 
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:39:18.22 :PxCHan+00


あるとき、いつにも増してにやにや顔でプロデューサーがこう言った。

「最初に高峯さんと会ったときに決めたアレ、実行しよう」

遂にか。

それ以外の感想はなかった。

そのための訓練は行ってきた。

長い時間をかけて作り上げたものを無へと還すのは、少し勿体ないと感じたが、それはそれだ。

「分かったわ」

いつも通り。そう返事をした。

 
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:39:58.91 :PxCHan+00

◆ ◇ ◆ ◇ ◆



私のファーストライブの日がやってきた。

プロデューサーは、例の計画のためだけに、単独でのライブを出し渋っていたようだ。

それまでに人気が出なかったらどうするつもりだったのかしら、などと聞くのは意味がないことか。

開演のアナウンスが流れる。

もうすぐだ。

ぐっ、と手を握りしめると少し汗ばんでいることに気が付く。

緊張しているらしい。

しかし、口には出さない。

ちらりとプロデューサーを見やる。

「大丈夫」

この男がそう言うのならば、大丈夫なのだろう。

 
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:42:58.17 :PxCHan+00


アナウンスが終わり、ブザーが鳴るとステージがスポットライトに照らされる。

私が出ていくのはまだ少し先。

『遂に、遂に、遂に、あの高峯のあが単独でのライブを行うときがやってきた!』

『ファーストライブにして、強気の大規模会場!』

『そして、前代未聞! ライブの最初の一曲を全国に生中継!』

『それでは、登場していただこう!』

『孤高のミステリアスアイドル!!』

『高峯、のあ!!!』

「……行ってくるわ」

「ああ、ぶっ壊せ」

 
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:44:25.51 :PxCHan+00


大歓声の中へと、身を投じる。

声が鳴りやむのを待って、私は口を開いた。

「……ここまで来るのに、随分と時間がかかったわ」

本当に。

「……力の限り叫びなさい。私はそれに、歌で応える」

私のその声を号令とし、曲が流れる。

激しい前奏。

力強い歌い出し。

全てに、感情を込め、作らない表情で、私を歌う。

今日、この場で、これまでのアイドル高峯のあを、超える。

 
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/04/13(木) 23:45:18.31 :PxCHan+00

◆ ◇ ◆ ◇ ◆



全てが終わり、誰もいなくなった客席を、私とプロデューサーは眺めていた。

「お疲れ様。高峯さん」

「……のあ」

「ん?」

「……私を導くのだから、名前で呼ぶべき」

「その理屈は分かんないけど……了解。のあさん」

「敬称は……いえ、まぁいいわ」

「にしても、大成功だなぁ」

「……そうだといいけれど」

「ネット、見てみなよ。すごいことになってる」

「……なら……ここまでは貴方の筋書き通りなのかしら」

「さぁ、どうだろう。のあさんが応えてくれたからこそ、だし」

「……いいわ。そういうことにしておく。やることは変わらない。貴方が道を示し、私がそれに応える。これまでも、これからも」

「ああ」

「その果ての景色を、私は観たい」


おわり

 
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