はじめに。

アイドルマスターシンデレラガールズの二次創作ではありますが、厳密な意味でゲームのアイドルは一切でてきません、
もちろん、島村卯月も例外ではありません。

そのうえで、お付き合いいただけたのでしたら幸いです。


2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/08(日) 23:39:18.08 :tTAn3URP0

 そこは、まるで真っ暗な夜の海でした。
 真っ黒な空間に、細いピンク色の灯りだけはぽつぽつと浮かんでいます。
 心細くゆらゆらと揺れるピンク色のサイリウムは、自分たちを照らしてくれる恒星を待っています。
 やがて、一筋のスポットライトが暗闇を切り裂きました。その下には一人の少女がいます。

「みなさーん、たのしんでくださーい!」

 彼女の登場を待っていたかのように歓声があがりました。空気が、建物が、光が、世界が揺れたのを今でも覚えています。
 主役の少女の背に、大小の立体モニターが解放されます。ありとあらゆる方向から映し出された彼女の姿が浮かび上がります。

「島村卯月、頑張りますっ」

 世界中の歓声を集めて立つ少女、島村卯月――私が、そこに居ました。


3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/08(日) 23:41:15.11 :tTAn3URP0

◇◇◇

 モニターの中では、『島村卯月』が歌っていました。
 ステージ中の歓声を集めて、愛をこめて希望の歌を歌う。
 それは、『島村卯月』にとって当たり前のことでした。なにせ、彼女はアイドル。それも、その頂点に立つ『シンデレラガール』に選ばれたのですから。

「……じ、自分で考えて、恥ずかしい……」

 顔から火が出ちゃいそうなくらい恥ずかしいです。
 でも、シンデレラガール……本当に、私はシンデレラガールになれたんだ。
 
『多くのファンから一番輝いていたアイドルと認められた存在――それがシンデレラガール』

 アイドルを始めた時、プロデューサーさんからそう言われたときは、遠い存在だと思っていました。
 正直なことを言えば、今でも実感はありません。ただ、私は頑張ってアイドルをしていて、気が付けばその称号を貰っていました。
 それでも、たくさんに人に認められた。何にも持っていないはずの私が輝いていると言ってもらえたのは、とっても嬉しいです。
 自惚れるのはよくないですけれど、自信をもってもいいですよね?

 だって。私はシンデレラガールだから。


4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/08(日) 23:42:27.45 :tTAn3URP0

 ――なんて、また恥ずかしくなってきました。
 さっきから映している自分のライブ映像も、見ていて落ち着きません。

「もう、いいですよね」

 これ以上は無理です。大人しく、テレビを消すことにしましょう。

 いつまでたっても、自分自身のステージを見るのは慣れないです。
 自分のステージを見直すのも立派な勉強だ。プロデューサーさんやトレーナーさんからは、普段からそう言われていますが、一人で見返すとやっぱり恥ずかしいです。
 せっかく編集してもらって動画ですけれど、今日はここまでにしましょう。

「明日も早いですから!」

 明日も明後日も明々後日も、アイドルの仕事はいっぱいです。夜更かしをして皆さんに迷惑をかけるわけにはいきません。
 今日だって、健康診断を受けてきたばかりなんですから、無理はいけないです。

「おやすみなさい」

 お休みの挨拶に反応して、照明は自動で落ちます。

 今日も、明日も、いい夢をみれるといいな……


5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/08(日) 23:43:16.49 :tTAn3URP0

◇◇◇

 ふわふわとした空間に、『わたし』は浮かんでいる。わたしたちは、ずっとこの空間に浮かんでいる。
 上も下も、右も左もない、ふわふわとした場所。わたしは、ずっとここに居る――

「――出てきなさい」

 急に、引っ張り出されました。
 誰でしょうか? 誰が『わたし』を呼んでいるんでしょうか? 

「なるほど、確かに容姿は問題ないですね。けれど、記憶は」

「可能な限り――」

「よろしい」

 目の前にいる人に見おぼえがある気がします。でも、誰でしょう?
 あなたは誰ですか?
 ここはどこですか?
 『わたし』は誰ですか?

「……では、頑張ってください、『島村卯月』さん」


6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/08(日) 23:45:08.01 :tTAn3URP0

◇◇◇

「わわっ!」

 中途半端に履いた靴で駆け出すと、途端にバランスを崩してしまいます。
 口にくわえた固形食が落ちそうになるけど、何とかくわえなおして駆け出します。

「おひゃようございまーす」

 女子寮の入り口でお掃除をしている寮母さんに挨拶をすると、くすっと笑われてしまいました。ううっ、アラームさえちゃんとしていればこんな慌てないですんだのに。
 電動バイクに乗ったお兄さんとすれ違うと、転がりそうになりながら大通りに出ます。
 ここまで来れば、停留所まであと少し。

「まってくださーい!!」

 いつもの停留所には、既に路面電車が停車していました。
 なんとか駆け込むと、示し合わせたように路面電車は走り出しました。
 大慌てな私と違って、電動式の電車は静かに道路を走ります。

「はあ……」

 席に腰かけて、ようやく一息つきます。最新モデルの路面電車は揺れ音も小さくて、朝一番で全力疾走した私にはとても優しい。
 窓の外の景色はいつもと同じ。空からの照明はちょうどいい気温で、油断したら二度寝してしまいそうです。
 天候プログラムでは今日も快晴ですから、夜は歩いて帰ってもいいかもしれません。


7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/08(日) 23:46:39.15 :tTAn3URP0

◇◇◇

「おはようございまーす!」

 プロダクションに入ると、いつものように元気な挨拶をします。

「あ、卯月、おはよう!」

 すると、プロデューサーは慌てた様子で私の元へ駆け寄ってきました。

「身体はもう大丈夫なのか?」

「え?」

 思いがけない言葉に、変な声が出てきました。

「もう、一週間も休んでいたじゃないか?」

「い、一週間?」

 慌てて携帯端末をチェックすると、目に入ってきたのは思いがけない情報。
 確かに、昨日の夜から一週間たっています……いえ、昨日の夜が一週間前で、正確には昨日の夜じゃなくて……

「あーえーと……」

 思わず首を傾げてしまいます。どういう事なのでしょうか?

「まだ調子が悪いのか? 今は大切な時期だけど、無理をせずに――」

「いえ、本当に大丈夫です!」

 心配そうに見るプロデューサーを遮って伝えます。私は本当に元気いっぱいです。

「それじゃあ、まずはレッスンから……それと、来週にあるミニライブについても調整があるから」

「は、はい!」

「……本当に、大丈夫だよな」

「大丈夫ですから!!」

 心配をかけないように、笑顔で訴えます。それでも、プロデューサーさんの顔はスッキリしません。
 どこかで私の中の何かがずれたような気がしました。『島村卯月』と言う歯車がどこか外れたような、そんな気持ち悪さ……だけど、それがどこであるか分かりません。


8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/08(日) 23:47:16.64 :tTAn3URP0

◇◇◇

 違和感は日に日に大きくなっていきました。
 毎日レッスンを続けても、どこかしっくりと来ません。
 ずれた歯車はかみ合うことなく、その軋みは大きくなるばかり。

 そんな状態で、ミニライブの日は訪れました。


9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/08(日) 23:49:38.36 :tTAn3URP0

◇◇◇

 ステージの裏に、私は呆然と佇んでいました。
 ステージの上では、凛ちゃんが歌っている。もう少しで、私の出番になる。
 レッスンもたくさんしました。リハーサルだって、上手くいきました。
 だけど、私は動けません。

「え、えっと」

 自分の身体と心が、まるで他人の物のように言うことを聞いてくれない。
 ステージは初めてじゃない。いつだって緊張はするけど、金縛りにあったように動かなくなることなんて、最近はありませんでした。
 まるで、初めてステージに立った時みたいな……ガチガチで何もできなかった時みたいです。

「卯月」

 心配そうな顔でプロデューサーさんは隣に立ちます。

「……ごめんなさい。何度もステージに立ってる筈なのに……それこそ、シンデレラガールになったのに、変な話ですよね」

 不安に駆り立てられたのか、弱音が一気に溢れて出てきました。

「調子、悪いのか?」

「ずっと……こうなんです。一週間休んだ後から、すべて初めてのような気がして……」

 レッスンの時も、凛ちゃんや美穂ちゃんと話した時も、どこか違和感はありました。
 ずっと知っている筈なのに、まるで初めてのような感覚。今だって、知らない世界に飛び出すのが怖いです。


10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/08(日) 23:50:38.03 :tTAn3URP0

「……そうか、そうだな」

 すると、プロデューサーは私の前に手を差し出します。

「ほら、そんな顔をするな。誰だって調子崩す時はあるだろ……たぶん、初めてなんだろう?」

 なら、もう一度やろう。プロデューサーは優しくそう言ってくれます。

「指切り、だ」

「指切り?」

「俺に出来ることだったら何でも約束する。もちろん、これが終わってからだけどな」

 その時、私の中で何かが繋がりました。
 ずっと前に聞いた言葉。今と同じように、前に進む勇気が湧かなかった時に行ってくれた言葉。

「なんか、思い出したんだよ。あの時も、約束だって言っただろ」

 照れたように笑うプロデューサー。その顔も懐かしくて、思わず私もつられて笑っていました。

「なら、お約束も同じですよね!」

 指を重ねて、私はあの時と約束を願う。

「最後まで、ステージを見ていてください」

「おう、当然だ!」

 指切りげんまん、はりせんぼんのーます。
 子供のように約束をして、指を離す。それを待っていたかのように、スタッフさんが私の出番を告げる。

「それじゃあ、行ってきます」

 違和感はまだ残っています。でも、今日だけは、ちゃんと『島村卯月』だって言える気がしました。


11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/08(日) 23:52:42.00 :tTAn3URP0

◇◇◇

 夜道を一人歩いていました。
 ライブは無事に終わりました。ボロボロだけど、最低限は上手くできた……そう思っています。
 でも、違和感はなくなりません。ボタンをかけ違えたような気持ち悪さは、消えることはありません。

「プロデューサーさんも、難しい顔をしてました……」

 帰り際、プロデューサーさんは眉間に皺を寄せて、何かを考えていました。

「やっぱり、私のせいなのかな」

 今日は上手くいきました。でも、明日も上手くできる保証なんてどこにもありません。それどころか、違和感は大きくなるだけ……そんな気がします。

「お疲れ様です、卯月ちゃん」

 後ろから、声をかけられました。

「誰ですか?」

 振り返ると、黄緑色のジャケットを羽織った女性が経っていました。

「あの、あなたは――」

「私は、千川ちひろと申します。通りすがりのアシスタント……なんて、ふざけ過ぎですかね」

 いたずらっ子のように冗談めかした口調でそう言うと、ちひろさんと名乗った女性は、私の傍に立ちます。
 不思議な人です。明らかに怪しいのに、警戒心が湧いてこない。まるで、どこかで会ったような気すらします。

「あなたに、渡したいものがあります」

 そう言うと、白い便箋を私に手渡してきました。

「それはあなたが今抱いているだろう違和感への処方箋。もし真実が知りたいなら、その手紙を開けてね」

 私の覗き込んでそう言うと、ふわっと一歩後ずさります。

「あ、あの」

「きっと、それは『島村卯月』にとって一番つらい真実ですよ……それだけは、忘れないで」

 そうして、ちひろさんは夜の闇の中へと消えてゆきました。
 後に残された私の頭の中は、真っ白に染まっていました。


12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/08(日) 23:54:55.72 :tTAn3URP0

◇◇◇

 女子寮の自分の部屋に戻った後も、私の頭は真っ白なままでした。
 何かしないといけない。反射的にテレビのリモコンをつかむと、電源を入れます。表示を見ると、ちょうどメディアの再生中でした。

「なに……かな」

 反射的に、最初から再生していました。

 そこは、まるで真っ暗な夜の海でした。
 暗い真っ黒な空間に、細いピンク色の灯りだけがぽつぽつと浮かんでいます。
 心細くゆらゆらと揺れる灯りは自分たちを照らしてくれる恒星を待っているようです。
 やがて、一筋のスポットライトが暗闇を切り裂きました。その下には一人の少女。

「みなさーん、たのしんでくださーい!」

 『島村卯月』がそこに居ました。
 たぶん、過去のライブの映像……なんだと思います。
 でも、不思議です。私のライブの映像の筈なのに、まるで他人のライブの映像みたいでした。

「きれい……」

 自画自賛もいいところだと思います。でも、ステージの上で踊る女の子は……『島村卯月』は、とっても綺麗で……だれよりも輝いてる。
 ステップも、歌声も、なにもかもが、今の私とは比べ物にならない。

 今の私は、この『島村卯月』ではない。
 進歩して変わったのではなくて、この『島村卯月』に置いていかれてしまっている。

「……やっぱり、このままじゃだめです」

 今の私では、この映像の中の自分に負けてしまう。
 仮にも、シンデレラガールになったのに、昔の自分に負けたくない。
 意を決して、ちひろさんから手渡された便箋を開きます。

「これって……」

 そこに記されていたのは、とある住所とそこへの地図でした。


13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/08(日) 23:55:51.09 :tTAn3URP0

◇◇◇
 
 翌日、手紙を頼りに街へ出ます。
 明らかに怪しいとは思いました。でも、今の私が頼ることができる情報は、ちひろさんからの手紙だけです。
 普段通らない道を進み、見知らぬ街へ出る。そうしてたどり着いた場所は、古びたビルでした。

「ここで……いいんですよね」

 携帯端末のマップを確認しても、アドレスが表示されません。

「大丈夫ですよ」

「へっ!?」

 気が付けば、後ろにちひろさんが立っていました。

「ごめんなさい。あんまり大手を振って出歩けない身分なんで、忍者みたいな動きが癖になっちゃったんです」

「あ、ははは」

 なんだか、捉えどころのない人です。

「さあ、行きましょう」

「どこへですか?」

「卯月ちゃんが一番知りたい真実。そして、残酷な真実への道……ですよ」

 ゴクリと、と思わず唾をのみます。

「あ、あの……私、真実なんてわからなくて……ただ、自分が不調な理由を知りたいんです」

「そうですね。その答えが、ここにあります」

 それだけ言うと、ちひろさんはさっさと歩きだします。
 ついていっていいのだろうか……この期に及んで、私の心の中には迷いがあります。
 でも、私は私を知りたい。だから、勇気を振り絞ってその背中を追いかけます。


14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/08(日) 23:58:43.24 :tTAn3URP0

 人気のないビルの中に入り、階段を上ります。そうして、ちひろさんはとある部屋の前で止まります。

「さあ、どうぞ」

 そうして、部屋の扉を開けます。それに吸い込まれるように、私は部屋の中へと入っていきました。

「……」

 案内された部屋の中には、誰かがいました。
 目元まですっぽりとフードで顔を隠しています。
 体つきはいかにも女の子で、ちょうど私と同じくらいの大きさです。

「!?」

 その人は、私を見るなり怯えたように肩を大きく震わします。

「……ちひろさん」

 小さな声で、咎めるようにつぶやきます。
 その声を聞いたとき、私の中の欠けている記憶が騒ぎ出します。
 私は、それを知っています。その声を、聴いたことがあります。

「ほら、そんなに深くフードを被っていたら顔が見えませんよ」

「……見せていいんですか?」

 フード越しに、その人は私を見ていました。

「……逃げても、いいんですよ?」

 問いかけれれた言葉は、拒絶ではなくて優しい声色でした。

「そう、逃げたっていいんんですよ。ここから先にある真実は、『島村卯月』にとって何より残酷なものだから」

 ちひろさんは、じっと私を見つめています。
 逃げてしまうことは、きっと簡単ななんでしょう。

 でも、私にはそれは出来ませんでした。
 欠けた記憶のピースはその存在を主張し、私が『島村卯月』であることに疑問を投げつけてくる。
 逃げ出してしまえば、『島村卯月』と言う存在は欠けたまま、一つになることはないんです。

「――あなたは、だれですか?」


15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/08(日) 23:59:49.79 :tTAn3URP0

 絞りだした言葉を聞くと、フードの人は諦めたようでした。

「私は――」

 そうして、ゆっくりとフードをめくりあげます。
 そこにあったのは、見知った顔でした。何度も何度も、それこそ、生まれたから見続けた顔と瞳。

 ――『島村卯月』の顔が、そこにあったのです。

「この人は、『島村卯月だった人』ですよ。卯月ちゃん」

 泣きそうな瞳と声でその人が『島村卯月』であると言います。

「ウ――」

 嘘だと主張しようとしても、口は固まったまま動きませんでした。
 頬に、何か水が伝わってきます。きっと、私の涙なんだと思います。
 ああ……なんでしょうか。分からなかったことが、分かったような気がします。


16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/09(月) 00:01:09.36 :JSGxJH370

 きっと、目の前に居る人が『島村卯月』であるのは本当なんでしょう。
 だって、私が『島村卯月』と言うには、あまりにも不出来だから……
 今日まで『島村卯月』をやっていた私は、どうしても『島村卯月』になりきれなかった。
 それは、私が本物ではなかったから。

「ちひろさん、あとはお願いします」

 そう言って『島村卯月』さんは立ち上がります。去り際に、ごめんねと言われた気がしました。

「……はい、卯月ちゃん」

 ちひろさんがハンカチ涙をぬぐってくれました。

「ありがとうございます」

 そのままハンカチを受け取ると、今度は自分で頬をぬぐいます。不思議なことに、涙はすぐにおさまっていました。

「思ったよりも、落ち着いてますね」

「な、何度も、この先に、あるのは、一番さん、酷な現実だって、言ってたから」

 なんとか返事をします。でも、本当は心はまったく落ち着いてなくて、油断したらすぐに泣きだしてしまいそうです。

「もう気が付いてるとは思いますけれど。あなたもあの子も『島村卯月』なんです」

「は、い」

 もう、それは分かっていました。

「正確には、『島村卯月』として作られた存在です」

「教えて、くれ、ますか?」

「簡単に言うと、前の『島村卯月』ちゃんは、アイドルとして活動できなくなったです」

 事情は分かりません。でも、きっとそうなんでしょう。


17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/09(月) 00:02:07.34 :JSGxJH370

「でも、今『島村卯月』と言う存在が失われると、社会的に大問題になる」

 シンデレラガール、島村卯月。一週間の休養でさえ、大騒ぎだったとプロデューサーさんは言っていました。
 もし仮に、突然引退となれば、その影響は計り知れないでしょう。

「だから、ステージに立てなくなったあの子に代わって、あなたが作られた」

 無言で、ただ頷きました。
 あんまりにも突拍子もない現実。でも、心当たりはありました。
 どうしてもかみ合わない私の日々。それは、『島村卯月』の代わりである私が『島村卯月』の居場所に入ろうとしていたから。
 どんなに精巧な複製品であっても、絶対に同じものにはならない。
 まるで他人のように見えた『島村卯月』のステージも、とても『島村卯月』に及ばない私のステージも、全て一本の糸としてつながる。

「……私は、『島村卯月』の偽物……私だけが、偽物」

 『島村卯月』の形をした何かが、『島村卯月』として生きていただけ。 

「……そこはちょっと違うんですよね」

 そんな私の独白を、ちひろさんは感情のこもらない声で遮ります。

「偽物なのは『島村卯月』だけじゃないんですよ」

 そこには、諦観の念が混ざっていました。

「さて、もう一度問います、島村卯月――あなたに、この世界を見る覚悟はありますか?」

 ただ、その言葉に頷いていました。


18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/09(月) 00:04:14.70 :JSGxJH370

◇◇◇

 ちひろさんに連れられてビルを降ります。そうして連れられた地下室からは、長い地下道が伸びていました。
 最初はいかにも無理やり掘ったような道でした。何度も何度も転びそうにありながら、ちひろさんが持つライトだけ頼りに進みます。
 やがて綺麗に整った通路に出ます。薄暗いけど僅かに明かりもある。明らかな人工の通路です。

「さて、まずこの世界について教えないといけません」

 歩きながら、ちひろさんはこの世界について私に教えてくれました。

「卯月ちゃんも、自分が住んでいる町の名前は知っているよね」

「東京」

「そう……東京。でも、それはもう存在しなかったんです」

 口ぶりはどこか他人事みたいで、詰まらなそうでした。

「人間と言うのは。昔の人が考えていたよりもずっと愚かだったんですよ」

 地球種と呼ばれた人類は、かつて、地球と呼ばれる惑星に住んでいた。
 青い美しい星に抱かれ、人類は繁栄を謳歌する……それは、永遠に続くはずでした。
 莫大であった資源は無限ではなかったんです。地球種は、それに気づかずに星を食らい続けました。
 有限と知りつつ地球を食い潰し続けた人類は、気が付けば後戻りが出来ない状態へと足を踏み入れていました。
 星は、寿命を迎えていたのです。
 だけど、人は生きようとしました。
 朽ちた惑星から資源をかき集め、太陽系の外へも漕ぎ出せる船を造ると、僅かな頑固な人たちを残して星を捨てた。

「そういて、果てしない航海の末に手に入れたのが、この星です」

 そういわれても、まるでピンときません。
 もしかしたら、ちひろさんの考えた作り話かもしれない。

「だけど、ここにきて地球種はようやく気が付いたんですよ。以前のような生活を営めば、星はすぐに枯渇してしまう」

 『管理者』の元、自分たちの存在すら定義された人々だけが生きる小さな世界。
 維持が可能な段階で人類の繁殖を食い止め、小さなドームの中で持続可能な世界を造り出す。
 それが、今の世界だと言っているんです。

「さて……」

 そうしていると、ちひろさんは立ち止まりました。

「さ、御覧なさい」

 目の前の壁に向かって手をかざすと、立体パネルが出現する。読めない言葉が躍ると、思い物体を引きずる音がした。

「これが、外の世界です」

 目の前の壁――そう思っていた扉が、真っ二つに割れる。その隙間から漏れるは、ステージの光とも違う異質な光。
 まるで、『太陽の日差し』がありました。

「さあ、わかりましたよね? 偽物なのは独りだけじゃない――この世界そのものが、ハリボテ仕立てのイミテーションなんですよ」


19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/09(月) 00:05:42.96 :JSGxJH370

◇◇◇

 草の匂いが香ってきました。お花屋さんでお花や植物の匂いはよく嗅いでいましたが、それとは全く異質な匂いがします。
 整った人工物ではなくて、枠に収まらない生命の力が宿った香り。
 光の先にあったのは、何処までも広がる草原。
 遥か彼方に森と山が見える。青い空には歪な雲が浮かんでいる。

「……これが」

 草原に向かって足を踏み出す。伸びっぱなしの草が肌をくずぐって、ちょっとだけ痛いです。

「外の世界……」

 見渡す限りの広い世界がそこに広がっていました。星を殺してまで生き延びた人類がたどり着いた世界。
 振り返ると、白い卵のような巨大な建造物が草原に突き刺さっている。白い天蓋で覆われた狭いドームの中。私が、昨日まで世界の全てだと思っていたところです。
 
 不意に、太陽――恒星に向かって手を伸ばしたくなりました。届かないなんてわかっていても、そこにある星をつかんでみたかった。
 もちろん、掴むことなんてできません。でも、握った手のひらには太陽の温もりが宿っている。
 今まで生きてきた世界では、絶対につかめなかった温度がそこにありました。

「ああ……」

 だから、分かってしまいました。
 私が今まで生きてきた世界は全部作られたものだったんだって。

「はあ……困った人ですね」

 後ろから、声がしました。

「あ……ちひろさん」

 振り返ると、そこに居たのはちひろさん……ではない。
 黒いジャケットを羽織った、『千川ちひろ』と同じ顔をした何かがそこに居ました。

「あなた……は?」

「あなたにとって、それに答える意味はありませんよ」

 そう言った黒いちひろさんの目は、まったく笑っていませんでした。

「あっ……」

 思わず助けを求めて周囲を見渡します。でも、ちひろさんの姿はありませんでした。

「あのイレギュラーは、もう居ませんよ」

 私の心を見透かしたように、ちひろさんは冷たく告げます。

「さあ、ちょっとお話をしましょうか」


20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/09(月) 00:07:19.01 :JSGxJH370

◇◇◇

 ちひろさんに連れてこられたのは、何もないお部屋でした。

「――それでは、自分が二番目の『島村卯月』であることは知っているんですね」

 隠すこともないので、自分が知っていることを伝えました。もちろん、もう一人の『島村卯月』さんのことは伏せています。

「……なら、ご説明しましょう。『シンデレラ・プロジェクト』について」

 それは、この世界を維持するための『管理者』が用意した運営プログラムの一つ。
 この世界は管理者によって管理された、小さな世界である――人類は、その中で小さな幸せに満足して生きていく……筈でした。

 でも、人間はそれだけに満足していませんでした。

「人間は厄介なことに、食べる者だけでは生きていけません」

 はじめの数百年は上手く行っていた。でも、いつか人類は強い自我を持つようになっていました。
 より良く生きたい。純粋ともいえるその願いは、欲望となり人々を突き動かしたのです。
 渇望から湧き出る好奇心は、ドームの外にまで延びようとしていました。
 それを止めるために『管理者』は影から弾圧を加えました。けれど、人の欲望は止まりませんでした。
 裏から穏便に止めるのは不可能。そう考えた彼らは、別のアプローチを考えます。

「満ち足りていれば、世界の外に興味を持つものもいない」

 徹底的に排除するのではなく、人々の欲を吐き出すための『娯楽』を作り、コントロールしてしまおうと。

「娯楽が必要だったんです。アイドルと言う娯楽」

 そこで白羽の矢が立ったのが、アイドル。
 それも、旧世界で最も人々が熱狂した、『シンデレラガール』を生み出した当時の娯楽を再現する。


21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/09(月) 00:08:19.59 :JSGxJH370

「『島村卯月』たちは、旧世界の中でも一番幸せだった時代に生まれた少女です」

 人々が満足し、その先を求めなかった世界。枯れ始めていた地球に目も向けず、ただ娯楽をむさぼっていた時代。

「その時代、アイドルと言う存在は神にも等しいものでした。世界中の人が憧れ、彼女たちに夢中になっていた」

 それは、間違いなく人々にとって幸せな時代だった。

「その熱狂を再現して、人々を幸せだった時代に酔わせる。それが、『シンデレラ・プロジェクト』」

 古い世界で確立された熱狂を再現すること。それが、管理者の選択だと。

「そのために、私は作られた」

「ええ、卯月ちゃんをはじめ、現在活動しているアイドルは、当時アーカイブされたパーソナルデータから再現された存在です」

 私も、私たちも、皆、過去の存在を再現しただけの存在。

「個性を持った人間が生まれるのなんて待っていられませんから、アーカイブから最適な情報を取得してきたにすぎないんです」

 それが、今存在するアイドルたち……かつてあった情報から再現された存在。

「さて、ここまで言えば分かりますよね。この世界では、『アイドル』はすべて管理された存在なんです」

「管理……」


22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/09(月) 00:09:10.64 :JSGxJH370

 その言葉に、嫌な予感がしました。
 世界を管理しようという人間が、ただ娯楽を提供するだけで満足するのでしょうか。
 この世界そのものの管理――それが、役目だと言うのになら。

「私がシンデレラガールになったのも……かつて、居たアイドルがそうだったから」

「――そうです。すべては、予定されたプログラムです」

 ちひろさんから告げられた言葉は、私が望んでいたものではなく、私が覚悟をしていたものでした。

「予定通りでしたよ。『島村卯月』は私たち管理者が用意したレールに乗り、見事シンデレラガールの座についた」

 絶望的な宣告の筈なのに、どこか他人事のように聞いている私が居ました。

「民衆が望むであろうドラマを用意し、民衆が望むであろう偶像を作りだす。それが、『アイドル』です」

 ――ああ、そうなんだと。やっぱり、そうだったんだ。
 凍てついた私の心は、全てを理解しても動くことはありませんでした。

「さあ、卯月ちゃん。ここまで説明すれば、全て理解できますよね」

 まるで悪魔のように、ちひろさんは言います。

「このままアイドルを続けるか――」

 それは、悪魔の契約だと思いました。

「また、新しい貴方と入れ替わるか――」

 だけど、私に抗う術はありませんでした。

「それは、すべてあなた次第なんですよ」


23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/09(月) 00:09:48.61 :JSGxJH370

◇◇◇

 その後、私は何事もなかったかのように街へと戻されました。
 空……ドームの天井はすっかり暗くなって、星を模した照明がいくつか光ってます。

「お疲れ様です」

 黄緑色のジャケットを羽織ったちひろさんが、私を待っていました。

「……無事だったんですね」

「ええ、忍者みたいな動きにはなれてますから」

 冗談めかしてそうは言っているけれど、きっと命の危機すらあったんでしょう。

「……聞きましたか?」

「はい」

 自分の口から出たのは、驚く程覇気のない言葉でした。

「私には……何もありませんでした」

 シンデレラガールと言う存在も、『アイドル』と言う存在も、全て用意されたものでした。
 それどころか、私の『島村卯月』と言う存在も、与えられたものでした。

「本当に、そう思いますか?」

 違う、と言いたい。でも、そう叫び気力も私にはありません。

「……あ、の、ちひろさん」

「はい」

「どうして、この世界のことを私に教えたんですか?」

 この人は、どうして私が――この世界が偽物であると教えようとしたのだろう。
 知らなければ……それなりに幸せだったかもしれないのに……なんで。

「……そうですね、『アイドル』が好きだから。『アイドル』が見たいから、です」

 その言葉の意味が、理解できませんでした。

「……卯月ちゃんは、『アイドル』が好きですか?」

「……」

 問いに答えることができました。

「少し前の私なら、好きだって言えていました」

「なら、大丈夫です」

 微笑むちひろさんに、思わず呪いの言葉を吐きそうになります。
 でも、迷うことなく微笑む目の前の人に……確信を持った瞳で私を見つめるちひろさんに、何も言えませんでした。


24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/09(月) 00:10:45.16 :JSGxJH370

 そのままちひろさんと別れると、私は女子寮に帰ります。
 もう、消灯時間は過ぎていて、誰ともすれ違わずに部屋に戻れました。
 部屋の中は真っ暗で、いっそこのまま眠ってしまおうかとも思いました。
 でも、眠る気もおきません。お友達に電話をしようかとも思ったけれど、とても楽しくお喋りは出来そうもありません。

 反射的に、テレビのリモコンに手を伸ばしました。
 電源を入れて、適当にボタンを押します。
 すると、映像が流れてきます。

 そこは、まるで真っ暗な夜の海でした。
 暗い真っ黒な空間に、細いピンク色の灯りだけがぽつぽつと浮かんでいます。
 やがて、一筋のスポットライトが暗闇を切り裂きました。その下には一人の少女。

「みなさーん、たのしんでくださーい!」

 『島村卯月』がそこに居ました。


25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/09(月) 00:11:31.04 :JSGxJH370

 暗い部屋の中で、テレビから溢れる光だけがこの部屋を照らしていました。
 映像の中に居るのは、『島村卯月』。私が『島村卯月』になる前に行われたライブ。

 客席を覆うのはピンク色のサイリウム。世界を覆いつくすのは『島村卯月』への歓声。
 その中で、彼女は歌っている。
 スポットライトを浴びて、この場所で……いえ、この世界で一番輝いて歌っている。

「……アイドル」

 これが、アイドル。
 世界のだれよりも輝いて、世界のだれよりも愛されて、世界のだれよりも強く歌う、アイドル。

「……アイドルって、こうなのかな」

 それは、とっても眩しくて。
 世界一強くて、美しい。
 憧れの存在。


26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/09(月) 00:12:27.93 :JSGxJH370

 黒いちひろさんは、アイドルと言う存在そのものが支配のための道具だと言いました。
 アイドルと言う存在を愛すことも、管理者にとって都合のいいことだと言いました。
 本当に、そうなのでしょうか?
 本当に、私はそう思っているのでしょうか?

「っ!!」

 突き動かされるように走りだしました。
 乱暴にドアを開け放ち、慌てて靴を履いて走り出す。

 普段は出歩かないような時間。でも、そんなことは気にしません。
 私は走り続けました。乗り物も使わず、自分の足で走り続けました。
 そうして、事務所に飛び込みます。


27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/09(月) 00:13:13.60 :JSGxJH370

◇◇◇

「プロデューサーさん!」

「卯月!?」

 滅茶苦茶な私を見て、プロデューサーさんは目を丸くして驚きます。

「どうした、そんな恰好で……」

「聞いてください!!」

 こんな大声、今まで出したこともありません。

「……プロデューサーさん……」

「……」

 プロデューサーさんは、黙ったまま私を見つめます。
 その真剣な瞳に、私は何を言おうか迷いました。いえ、そもそも最初から何も考えていなかったんです。飛び出した時から、何をするかわからなくて。
 でも、ここに来ないといけないと思った。

「私は……『島村卯月』としてここに居ていいんですか?」

 問いかけになっていない、酷い言葉だと思いました。でも、分かっていたんです。

「そうだな……君がそう望むなら……」

 プロデュ―サーは、天井を仰ぎ見ます。
 やがて、深く息を吐くと私に向かい直ります。

「休養前の『島村卯月』と違っていても、受け入れるだろう」


28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/09(月) 00:14:10.24 :JSGxJH370

 その言葉で、理解しました。
 この人は、『島村卯月』にシンデレラガールの称号を与えた人だ。とっくに、違和感になんて気が付いていたんだと。

「私は……あなたが知っていた『島村卯月』じゃないんです」

「それでも、だ」

「プロデューサーさんは、私が何番目か分かっているんですか?」

「わからない。でも、違うんだろ?」

 その言葉に、私の中の何かが壊れました。

「なんでそんなに冷静でいられるんですか!!」

 なんで、なんで大切な人が居なくなったのに、平然としていられるんですか!

「『島村卯月』さんは、もう……」

「ああ、そうだよ。独り嘆いて自分もプロデューサーを辞められたら、楽だったよ」

 憐れむような言葉。それは、私ではなくて、自分自身に向けられたものなんだと思います。

「でもさ、君はそこに居るんだろ? 『島村卯月』はまだステージを降りてない。そこに居る以上、自分は島村卯月のプロデューサーじゃないといけない」

 自分は、『島村卯月』のプロデューサーであると言いました。

「それが、役割だからですか?」

 この世界で、『アイドル』の活動を再現するための存在、だと。

「ああ、役割だ」

 私は、その言葉を聞いて失望しました。
 この人も、管理された世界で役割を果たすだけなのだと。
 結局、何もない、私と同じなんだと。


29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/09(月) 00:14:52.90 :JSGxJH370

 でも、それは勘違いだったんです。

「自分で選んだ役割だ。卯月を見た時から、絶対にアイドルになれると信じた自分の心が望んだ役割なんだ」

 プロデューサーさんの口から出た言葉は、誰かに言われたような定型句ではなくて、絞り出すような……それこそ、血を吐くような気迫に満ちたものでした。

「……え?」

「誰がなんと言おうと、『島村卯月』がアイドルになれると信じたのは自分自身だ。あの時、全身の血が沸き上がるような感覚はいつだって忘れない」

 確信に満ちた言葉は、疑う余地もないほどに真剣で……力強くて、温かくて。私の心も、溶けていくようでした。

「ただの少女だった卯月が、絶対にトップになれると思った。それと同じ感覚を、お前からも感じるんだ」

「私、も?」

「ミニライブの時、思ったんだ。これは『島村卯月』のステージじゃない。でも、『島村卯月』に負けないアイドルのステージだって」

 私は、ボロボロだと思っていたステージ。成功はしたけど、『島村卯月』には遠く及ばないと思ったあの日だけど……

「自分の心を決められるのは、自分自身だけだ。それは、誰にだって譲らない」

 それは、この人の希望になっていた。

「島村卯月、君はどうする?」


30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/09(月) 00:16:08.24 :JSGxJH370

 私は――

 映像でしか見たことのない、『島村卯月』のステージを思い出す。
 世界の誰よりも眩しくて、世界の誰よりも力強い。
 そんな絶対の存在が――アイドルが、そこに居ました。
 『島村卯月』は、どんな世界を見ていたのでしょうか。どれほど眩しい世界を見ていたのでしょうか。
 アイドルになれば、同じ世界が見れるのでしょうか。
 同じ世界を、皆さんに見せることができるんでしょうか。

「届きたい」

 あの存在に。『島村卯月』に。
 胸に宿ったこの気持ちは、きっと『憧れ』。『島村卯月』のように微笑むアイドルみたいになりたい。

「アイドルに、なりたい」

 あの笑顔に届くかなんてわからない。でも、今この胸に宿った気持ちは偽物なんかじゃない。
 島村卯月の心に生まれた、島村卯月だけの感情なんだ。
 誰にだって、否定されたくない。

 私が島村卯月の代わりとして生み出されたイミテーションだとしても、心に浮かんだ憧れは絶対に譲れない。


31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/09(月) 00:17:11.49 :JSGxJH370

 だって、そうだ。
 島村卯月は、ずっとアイドルに憧れていた少女だった。
 たとえ自分がアイドルになったとてしても、アイドルと言う存在が好きなことは絶対に変わらない。
 心に刻まれた、憧れと言う理想に対して手を伸ばし続けることは、絶対に変わらないんです。

 だったら、全部は些末なことです。
 たとえこの世界が管理されたものだとしても、私はアイドルになりたい。
 たとえこの世界の『アイドル』を管理者が定義したとしても、私の中のアイドルは変わらない。

 ただ、憧れに真っすぐに、私は立つ。
 この世界がイミテーションでも、私が支配者のためにつくられた都合のいい存在だとしても……だとしても。

 私が憧れたアイドルは、絶対に負けない。
 たとえこの世界に私が望んだアイドルがなくっても、私は私のアイドルを信じ続ける。
 それを、証明し続けるだけなんです。


32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/09(月) 00:18:20.32 :JSGxJH370

◇◇◇

 それからも、アイドルとしての日々は続きました。
 お仕事のペースは少しゆったりで、シンデレラガールには少なすぎるとも言われました。
 きっと、管理者の人たちは『島村卯月』を次のシンデレラガールにはしたくないんだと思います。
 でも、それもちょうどいいくらいです。私は、プロデューサーさんと一緒に、またアイドルを続けています。

 そして、今日は久しぶりのライブの日です。


33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/09(月) 00:18:52.82 :JSGxJH370

「今回は、緊張していないのかい?」

 本番直前、プロデューサーさんは意地悪な顔をして声をかけてきました。

「そんなこと、ありませんよ。ここで躓いていられないんです」

 そうです。いつまでも同じところで躓いていられません。
 あの人に――『島村卯月』に負けないためにも。
 まだ、歌も、踊りも、あの映像には遠く及ばない。
 憧れの『島村卯月』はまだ遠い。だけど、信じて歌い続ける……それが、今の私に出来ることだから。
 
 ステージから漏れる光に向けて、手を伸ばす。そこには何もつかめないですけれど、光があります。
 その光は、まぶしくて、その先にあるのが何かは見えない。
 だから、確かめに行こうと思います。
 私は、島村卯月なのだから。


34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/09(月) 00:19:29.00 :JSGxJH370

「プロデューサーさん」

「どうした、卯月」

「指切り、しましょう」

 あの時と同じように、約束をしよう。

「私、『島村卯月』を諦めません……だから」

「ああ、俺も、『島村卯月』を諦めない」

 この輝きが本物であると信じ続けたい。新しい約束を希望にして、私はステージに立つんです。

「それじゃあ、行ってきます」

 歓声はここまで伝わってきます。
 その歓声を生み出したのは、『島村卯月』です。それは、私ではないかもしれない。
 ――だから、これは挑戦です。
 あなたが作った『アイドル』と言う希望。それをすべて背負って、私は『島村卯月』になります。


35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/09(月) 00:19:59.66 :JSGxJH370

「だから、見ていてください」

 『島村卯月』さん。あなたの姿はとってもキラキラしていて……とても追いつけないくらい眩しい、私の憧れです。
 あなたの背中を追いかけても、追いつけないかもしれない。
 私は、今も憧れを遠くから見ているだけです。
 だけど、『憧れ』は遠くにあるだけじゃなくて、この胸の中で確かに私を突き動かしてくれている。
 だから、私は歌えます。
 前を向き続ける希望を胸に――
 自分の信じる憧れを胸に――
 この世界で自分が信じたアイドルの姿を胸に――
 そのアイドルを、信じてくれた人のために――
 その全てを、歌にのせて――愛をこめて、歌い続けます。


36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/09(月) 00:21:04.29 :JSGxJH370

◇◇◇

 そこは、まるで夜の海だった。
 暗い真っ黒な空間に、細いピンク色の灯りだけがぽつぽつと浮かぶ。
 心細くゆらゆらと揺れる灯りは、自分たちを照らしてくれる恒星を待っているようだった。
 やがて、一筋のスポットライトが暗闇を切り裂いた。その下には一人の少女。

「みなさーん、たのしんでくださーい!」

 世界中の歓声をあつめて立つ少女、島村卯が、そこに居た。

 彼女を見るファンは言った。

「――なあ、卯月ちゃん、ちょっと変わった?」

「ああ、踊りも歌も、ちょっとぎこちない」

「でも――眩しいよな。あの時と一緒で、勇気が湧いてくる」

 彼女を見つめる人々は言う。彼女の存在は、確かに希望を与えていた。


37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/09(月) 00:22:09.97 :JSGxJH370

◇◇◇

 街頭の大型モニターに映し出された島村卯月のライブ。それを、遠巻きに一人の少女が眺めていた。
 かつて、『島村卯月だった少女』。あの日、今の『島村卯月』と出会った時のように、フードを深くかぶっている。
 まるで人から逃げるように、怯えたように小さくなっている。
 それでも、映像から目をそらさない。

「ここに居たんですね」

「ちひろさん……」

「可愛いですよね、卯月ちゃん」

「はい……」

 モニターの中では、『島村卯月』が歌い続けている。

「輝いて見えますか?」

「はい」

「でしたら、あなたが歩いた道は間違ってなかったんですよ」
 
 ステージの上で歌い続ける少女の姿。それを支える観客たちの歓声。
 もしかしたら、それは作られた偶像かもしれない。
 けれど、ステージに立ち続ける『島村卯月』の姿は本物だ。それを見て、湧き上がる人々の感情はすべて本物だ。

 もしかしたら、『島村卯月』だった少女が『島村卯月』で在ることを放棄したのは間違いだったのかもしれない。

 だが、そこまで歩んで道は、何一つとして間違っていなかったのだ。
 それを、島村卯月は証明していた。


――了


38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/01/09(月) 00:22:40.53 :JSGxJH370

以上となります。
お付き合いいただき、ありがとうございました。


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