・モバマス・渋谷凛ちゃんのSS
・超短い
・ハッピーバスデー!


2 :◆eBIiXi2191ZO :2016/08/10(水) 21:01:25.09 :Ayx1sEeTo

 誕生日に突然。
 プロデューサーはプレゼントをくれた。でも目の前にあるそれは、ただの木の板にしか見えない。

 これ、なに?
 私が訊ねるとプロデューサーは「楽器」とだけ答えた。
 目の前の板の集まりを見たところでどうにも想像がつかなくて、私はしきりに首をひねる。それを見かねてプロデューサーは、さらに爆弾を追加した。

 ――凛。これは凛が自分で作るんだ。


3 :◆eBIiXi2191ZO :2016/08/10(水) 21:02:11.58 :Ayx1sEeTo

 その板切れの名前は『カホン』と言った。さすがに私も聞いたことはある。
 四角い箱のような楽器。でも私のライブでは、まだ使ったことがなかった。
 それをプロデューサーは作れという。さすがに無茶ぶりだなあと思っていたら、どうやらプロデューサーも手伝ってくれるらしい。
 ふーん。
 プロデューサーが一緒にやってくれるならなんとかできそうかな。
 一朝一夕には仕上がらないだろうことは、想像できる。しばらくは、私とプロデューサーのひそやかな共同作業となるんだろう。
 そう思えば、なかなか素敵なプレゼントにも思えてきた。

 スケジュールの合間を縫って、私とプロデューサーは作業に取り掛かる。
 接着剤をつけて木枠をくっつけて、クランプで抑えたり。音が出てくる丸い穴をあけてみたり。
 叩く板を、ねじで取り付けてみたり。

 ――プロデューサー、これって?
 ――ああ、それはスナッピーっていう大事な部品だ。

 なんかねこっぴーみたいに響いて、ちょっとだけ笑った。


4 :◆eBIiXi2191ZO :2016/08/10(水) 21:03:13.65 :Ayx1sEeTo

 時間をかけて組立が終われば。
 何度も何度も紙やすりをかけた。丁寧に、丁寧に。
 この頃には、プロデューサーとのDIYも楽しくなって、いい息抜きになった。レッスンにもちょっとだけ気合が入った。

 角を丸めて、面がきめ細やかになっていく。だんだん愛おしくなってくる。
 いよいよ楽器らしくなってきて、私のものっていう実感がわいてくる。

 ――できた。

 まだ組みあがっただけだから完成ではないけれど、相棒は確かにカホンの顔らしくなっていた。
 プロデューサーが試し叩きをする。


5 :◆eBIiXi2191ZO :2016/08/10(水) 21:03:51.13 :Ayx1sEeTo

 とんっ。たんっ。かっ。しゃんっ。どんっ。

 叩くところ、叩き方。まったく音の表情が違う。
 へえ、なんか奥が深そう。
 試しを終えてプロデューサーは「なかなかいい音してる」と合格を出した。
 まだまっさらの木目。プロデューサーはどうお化粧する、と訊いてくる。

 ――凛の好きな、アイオライトに染めるか?

 私は、相棒の姿をまじまじと眺め、想像する。そして。

 ――ううん、このままで。

 まっさらの木目に、クリアラッカーで仕上げることにした。なんとなく、そんな気がしたからだ。
 塗ってはヤスリ、塗ってはヤスリを繰り返す。
 そしてプレゼントされてひと月、ようやく。
 相棒が、産声を上げた。


6 :◆eBIiXi2191ZO :2016/08/10(水) 21:04:56.15 :Ayx1sEeTo

 プロデューサーに叩き方を教わる。
 手のひらを軽く曲げる。真ん中を強く叩いてみた。

 どんっ!

 おなかに響く深い音を、相棒が鳴らした。
 端に近いところを叩く。たんっ、と乾いた音。
 どんっ。たんっ。どんっ。たんっ。

 だんだん面白くなってきた。

 ――手のひらをお椀のようにして、真ん中を抑えるように叩いてごらん。

 プロデューサーの言うとおりやってみる。どっ! 音が止まる。
 ああ、そうか。押さえて響きを止めてるんだ。
 相棒の横を叩いてみたり。かんっ! 縁を指でわきわきしてきたり。しゃかしゃかしゃか。
 私のタッチで、相棒はいろんな表情を見せてくれる。

 うわあ、楽しい。奥が深い。


7 :◆eBIiXi2191ZO :2016/08/10(水) 21:05:37.62 :Ayx1sEeTo

 ひととおり叩けるようになって、プロデューサーが。

 ――ちょっと演奏してみるから、時間があるときに好きに練習してみな?

 そう言って、私の相棒を拝借する。
 すぅ。呼吸をひとつ。

   Ah! abre a cortina do passado
   Tira a mae preta do cerrado
   Bota o rei congo no congado
   Brasil! Pra´ mim! Pra mim, pra mim!

 知らない言葉に、聞いたことのある曲。プロデューサーの優しげな声とともに、相棒が歌う。

 ――ずるい。

 私はそう、つぶやいていた。

 さっき私が叩いていた音とは違う、つややかさ。相棒がまるで『ここまで来いよ』って言ってるかのよう。
 ずるいよ。悔しいよ。
 プロデューサーはさりげなく一曲を終えると、私に相棒を返し。

 ――期待してるからな。

 と、言った。


8 :◆eBIiXi2191ZO :2016/08/10(水) 21:06:40.69 :Ayx1sEeTo

 何度も何度も練習する。でもあの音にはほど遠い。
 相棒が言う。『まだまだだな』って。
 仕事もあるから練習も限られる。でもやっぱり悔しいから、時間を作ろうとする。
 とうとう私は、相棒を背負うための布バッグを作ってしまった。これで自宅に持って帰れば。

 でもそうはうまくいかない。
 家で練習しようとしたら、あまりに響いてうるさかった。親から怒られる。
 それでもめげずに、持ち帰る。
 背負う姿を見て加蓮が「なんかかちかち山みたい」って笑う。でも私は、ランドセルを買ってもらった子供のころを思い出して、これはこれでうれしかった。
 そして少しずつ、相棒と会話ができるようになってきた、気がした。

 
9 :◆eBIiXi2191ZO :2016/08/10(水) 21:07:25.72 :Ayx1sEeTo

 相棒は気分屋でわがままだ。
 暑いところに持っていけば『暑い』と、だるさいっぱいに響くし。
 乾燥してくれば『かっさかさになっちまう』と、甲高く口答えするし。
 寒くなれば『寒すぎ』と、重いトーンで答える。
 そのたびに私は、これならどう? あれならどう? と、相棒に気を遣う。
 はた目から見ると滑稽かもしれない。私もそう思う。
 ハナコはあれだけおりこうさんなのに、相棒ときたらなんてアバウトでやんちゃなんだろう、って。

 でも、相棒が一発で応えてくれた時の快感。それは何にも代えがたいものがあって。
 私はすっかり、相棒に参っていた。
 きっとプロデューサーの策略にはまっていたんだろう。それもまた、快感に思える自分が悔しくて、そしてうれしかった。


10 :◆eBIiXi2191ZO :2016/08/10(水) 21:08:08.02 :Ayx1sEeTo

 春になった。
 うららかな陽気に誘われたわけじゃないけど、プロデューサーが。

 ――ちょっと俺と、セッションやってみるか?

 そんなことを言う。
 私は、間髪入れずイエスを返す。あの時のあの音のリベンジ。願ったり叶ったりだ。
 だいぶ使い込まれて手垢がついてきた相棒に、「よろしく頼むね」と語りかけた。
 相棒はだんまりを決め込む。当日に答えを出す、と、そういう表情に見えた。

 いつものレッスンルーム。
 プロデューサーはマイカホンを持ち込んでいた。それは使い込まれて年季が入っていて、歴戦の勇士に見える。
 かたや、相棒はまだデビューすらしていないルーキー。
 でも不思議と、私はいけると思っている。
 もちろん、勝ち負けなんかあるはずもない。でも相棒との絆は、あの時よりずっと強いものになってると、そう信じて疑いもしない。
 だから、自分を信じて。相棒を信じて。


11 :◆eBIiXi2191ZO :2016/08/10(水) 21:09:12.33 :Ayx1sEeTo

 セッションは簡単なものだ。プロデューサーのリズムを私がトレースする。それだけのこと。
 でもシンプルだからこそ、音の違いが際立つ。

 どんっ、ととっとんっ、とどっととどんっ。
 どんっ、ととっとんっ、とどっととどんっ。

 私はひたすら、プロデューサーのリズムをトレースする。でもそうしているうちに、違和感に気づく。

 ――違う。こうじゃない。

 そうだ。プロデューサーの音に近づけるんじゃない。私たちは私たちの音で。プロデューサーを巻き込むんだ。
 相棒に語り掛ける。「いくよ」と。相棒の表情が変わった。
 振動が、手になじむ。リズムをトレースしながらも、相棒は私の手の感触を確実に映し出してくれる。
 そう、これでいい。
 この快感が、欲しかったんだ。

 
12 :◆eBIiXi2191ZO :2016/08/10(水) 21:09:50.83 :Ayx1sEeTo

 私と相棒はいつの間にか、私たちの世界に入っていた。
 プロデューサーの音が、私たちの世界を邪魔することなくしみ込んでくる。
 共鳴という名の、セッション。

 ――そうか。これなんだ。

 私は無意識のうちに、ファンとのセッションを楽しんでいる。それは私自身のライブの、世界。
 私は、私の歌でそうできているのだから、楽器でできないはずがない。
 そして私は、プロデューサーの「期待しているからな」の声を思い出す。

 ――どう? 期待以上でしょう?

 気が付けば、プロデューサーと私のふたり。音だけの世界で会話をしている。
 もはやトレースの意味はない。互いに好きなリズムで、好きな会話を。

 ――まったく、やってくれる。
 ――プロデューサーに追いつけたかな?
 ――いやいや、まだまだ。
 ――大丈夫。この相棒とならどこまでだって。

 行けるよ……


13 :◆eBIiXi2191ZO :2016/08/10(水) 21:10:26.38 :Ayx1sEeTo

 相棒と出会って、一年が過ぎた。
 今日は私のバースデーライブ。そして、相棒のデビューライブ。
 プロデューサーが私と相棒の音に「合格」を出してからさらに、私は練習を積んできた。
 相棒は日に日に饒舌になっていく。それがうれしかった。
 認められた、そんな気がしたんだ。だから。

 ――ねえプロデューサー。
 ――ん?
 ――マジック、貸してくれる?

 手垢まみれの相棒の、何も色を付けてない打面に。
 私は。

『Rin Shibuya』

 黒のマジックでサインを書いた。

 ――さあ、行こうか相棒。私たちのデビューライブへ。

 
14 :◆eBIiXi2191ZO :2016/08/10(水) 21:11:22.17 :Ayx1sEeTo

 舞台は、アンコールステージ。最後の最後。
 私は相棒を連れて、ステージセンターに佇んだ。そして、相棒に腰掛ける。

 テンポは100。ゆっくりとした出だしで、私はスローボサノヴァのリズムを紡ぐ。
 そして。

 ――ずっと強く そう強く あの場所へ 走りだそう

 私のデビュー曲。スローに、ボッサのリズムに乗って。
 だって大事な相棒の、デビューだから。
 大事な私のデビュー曲で、送り出したいの。

 アンプラグドの響きが、会場にこだまする。ファンの息をのむ声が聞こえる。
 私は、相棒のデビューを歌声で讃える。

 ――どう? 素敵でしょ?

 それはファンに捧げた言葉であり、相棒に捧げた言葉。
 心の中で言葉をつぶやき、私は相棒に身を任せる。

 
15 :◆eBIiXi2191ZO :2016/08/10(水) 21:11:52.99 :Ayx1sEeTo

 曲が、終わる。
 たちまちに湧き上がる拍手と歓声の渦に、私は天井を仰いだ。
 流れ落ちる汗。それがここちよく。

 相棒のデビューとしては、至高だったと。私は胸を張って言える。

 ――ねえ。

 私は心の中で、相棒に語り掛けた。

 ――長い付き合いになるけど、これからも。
 ――よろしくね?


16 :◆eBIiXi2191ZO :2016/08/10(水) 21:12:20.48 :Ayx1sEeTo

(おわり)


18 :◆eBIiXi2191ZO :2016/08/10(水) 21:14:10.33 :Ayx1sEeTo

終わりです。お疲れさまでした。
トルス(torse)とはフランス語で「半身」の意味です。
そして凛ちゃん、誕生日おめでとう。

皆さんの琴線に触れれば幸いです。

では ノシ

 
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【SS速報VIP】渋谷凛「無垢のトルス」
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