―――



『R'』



冬は好きだ。


……なんとなくだけど。

イルミネーションとか、クリスマスツリーとか。

雪も降ってるし。駅前を行き交う人たちはみんな忙しそう。

見ていて楽しい。


人並みに、なんとなく、冬が好きだった。


2 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 18:49:34.33 :+ESIsQQXO

たぶん、他のどの季節も好きって言うと思う。


春はお花見できるから。

夏は海に行けるから。

秋は紅葉を楽しめるから。


全部、なんとなく。


3 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 18:53:07.85 :+ESIsQQXO

音楽だってそう。


なんとなく気に入った。

なんとなくプレイヤーに入れた。

なんとなく、ロックな曲が好き。


「どんな曲聴いてるの?」


答えられた試しがない。

だって、なんとなく好きになったから。


4 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 18:56:18.56 :+ESIsQQXO

どこの誰が歌っているかも覚えてない。

他にどんな歌を歌っているかも分からない。

気持ちに知識が追いつかない。

追いつこうと努力しない。


『なんとなく』は、『なんとなく』だ。

いつもそこで終わり。


5 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 18:59:18.66 :+ESIsQQXO

……でも、それじゃダメだってことは分かってた。

変わりたいとも思ってる。

けど、きっかけも度胸もない。


臆病者。


私は、なにかをするのが……挑戦することが、怖いんだ。

魔法でもなければ、変えられない。自信がない。

誰かに変えてもらいたい。他力本願。


6 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 19:02:50.25 :+ESIsQQXO

私はきっとこれからも、『なんとなく』、流されて生きていく。


流行りだから。

流行ってないから。

みんなしてるから。

誰もしないから。


てきとうに頷いて、てきとうに聞き流して。


7 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 19:05:12.91 :+ESIsQQXO

風が冷たい。

お気に入りのヘッドホンを耳にあてて、プレイヤーの電源を入れる。

相変わらず、誰かも忘れた曲が流れる。

でもなんとなく好きなんだ。

しょうがないじゃん。

……うん、やっぱいいなぁ。うっひょー♪

沈んだ気持ちを誤魔化す。


これからも、誤魔化しながら生きていく。


8 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 19:07:26.67 :+ESIsQQXO

――不意に声をかけられた。



……誰ですか? え、アイドル? ……私が?



―――

――



9 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 19:09:53.03 :+ESIsQQXO

―――



『Y'』



いつの間にか、冬がきた。


私はいつも通り、言われた通りにお仕事をこなす。

イルミネーション? 興味ない。

クリスマス? どうでもいい。

世間のイベントはすべて、お仕事のため。

外は雪らしいけど、私には関係ない。


いつの間にか過ぎ去る冬に、関心は無かった。


10 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 19:13:19.02 :+ESIsQQXO

小さな頃から芸能界に身を置いている。

学校の行事に参加したのは数えるほどだった。

運動会も。

学芸会も。

授業参観でさえ。

おおよそ、他の同級生とは違う日常を送ってきた。


11 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 19:15:27.67 :+ESIsQQXO

大人の顔色を窺う。

この世界で生きる術。油断すれば簡単に切り捨てられる。

私はまだ子供だから、許されているところもあるだろう。


……子供だから?


違う。

私は人形なんだ。大人の都合のいい。


12 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 19:18:04.53 :+ESIsQQXO

最近、業界で台頭してきているアイドル業。

私もまた、言われるがままに衣装を着せられる。

『ピュアドロップ』というらしい。水色のワンピースドレスだった。

周りには似合うと言われた。

私は偽りの笑顔を貼り付けて、ありがとうございます、と言うだけ。


13 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 19:22:42.48 :+ESIsQQXO

練習はろくにしていない。ただ言われたまま動いて、歌って。

それだけでいい。クリスマス特番の一環。送られる拍手に、機械的に応える。


私の次に出てきたのは、本物のアイドルだった。


サンタ風の衣装に身を包んで。

弾ける笑顔が、キラキラしていて。

とても、とても楽しそうに歌ってる。踊ってる。

その姿が眩しくて、眩しすぎて……そっと目を背けた。


14 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 19:26:31.72 :+ESIsQQXO

――収録のあと。

誰もいなくなった撮影スタジオで独り、考えていた。


アイドルってなに?

どうしてそんな笑顔を浮かべられるの?

そんなに楽しいの?

どれだけ充実した日々を送れるの?


共演したあのアイドルには、話しかけられなかった。

私も、あんなふうになれたら……。


15 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 19:29:47.54 :+ESIsQQXO

……帰ろう。

また、新しいお仕事がくるはず。いつもと同じように、言われた通りにやるだけ。

そう、それだけ。

きっと、来年も。……いいえ。

いい加減、私も『消費期限』が切れる頃でしょう。


そうなったら、なにもない空っぽな私は……どうなるのかな。


16 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 19:31:22.19 :+ESIsQQXO

――え。……ああ、見学の方でしたか。出口はあっちですよ。



……違うの? 私になにか……?



―――

――



19 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 20:57:32.99 :+ESIsQQXO

―――



『K'』



冬は嫌い。


みんな楽しそうにしてるから。

なにがイルミネーション。なにがクリスマス。

……バカバカしい。

病室の窓から見える空には、雪が舞っていた。


雪も嫌い。全部嫌い。


20 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 20:59:23.39 :+ESIsQQXO

検査だけだと思ってたのに、結果がいつもより良くなかったらしい。

大事を取って2、3日の入院だって。

けっこう久しぶり。前の入院は……確か、一年とちょっとくらい前?

体調も、体の成長とともに徐々に良くなってた。……はずなんだけど。

ふた月に一度の検査。それだけでも憂鬱だったってのに。


21 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:01:29.21 :+ESIsQQXO

入院は慣れっこ。

小学生の頃。クラスのみんながお見舞いに来てくれた。

何度目かの入院からは、仲の良い友だちだけが来た。

中学に上がった頃には、先生だけ。一応寄せ書きはあった。一回だけね。


今は、誰も来ない。アタシのことなんて忘れてるんじゃない?


……うん、入院は慣れっこだ。


22 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:03:39.05 :+ESIsQQXO

備え付けのおんぼろテレビをつけた。

案の定、クリスマス特集。嫌になる。

すぐにチャンネルを変えた。お天気お姉さんが、来週の予報を伝えてる。


今年のクリスマスは、どうやら雪じゃなく雨らしい。

――ざまあみろ。


そんなふうに思う自分が、一番嫌いだった。


23 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:05:50.87 :+ESIsQQXO

テレビを消して、横になる。

狭苦しい部屋に響く、空調の音。

暑くもない。寒くもない。

だからって居心地がいいわけでもない。むしろ最悪。


……なんでアタシ、生きてんだろ。


涙が零れた。


24 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:07:33.23 :+ESIsQQXO

誰か。

ここから連れ出して。

もう限界だよ。

助けて。誰でもいいから。

声を押し殺して泣いた。

きっと、どうせ、誰にも届かない。


25 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:10:01.73 :+ESIsQQXO

……数日後。

呆気なく退院したアタシは寒空の下、ふらふらと街を歩く。

なにしよう。とりあえずマック?

医者には控えるように言われてるけど、知ったことか。アタシにはアタシの生き方がある。

……半分死んでるようなもんだけど。

残り半分は惰性。マジメに生きるつもりは、もうない。

諦めた。


もう、いい。


26 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:11:19.16 :+ESIsQQXO

――は? アンタ誰?



……なに? アタシになんか用なの?



―――

――



27 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:14:44.15 :+ESIsQQXO

――
―――


私たちのなにかが。


世界が変わった。


差し伸べられた手を取った、そんな冬。


―――
――


28 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:17:09.35 :+ESIsQQXO

―――



『R』



――あれから一年。今年も冬がきた。


私は、諦めなかった。『好き』を貫いた。……と、思う。

お気に入りのアーティストの名前も、代表的な曲もちゃんと分かる。

この一年、流されないで生きてきた。

もう、自分に嘘はつかない。

好きなものを好きだと、声高に叫んで。

転んで、擦りむいて、それでも立ち上がって、突き進んできた。


29 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:20:32.73 :+ESIsQQXO

私たちの歩みは、誰にも止められない。

茶化してくる人もいる。

でも、そんなの勝手に言わせとけばいい。

胸を張って、堂々と。声を上げて、思いの丈をメロディに乗せる。

やっぱり音楽ってすごいよ。すごく楽しい。心が踊る。鼓動が高まる。

だから。

私たちは、私たちだけの想いを――心を追いかけていく。

どこまでも、いつまでも。


30 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:22:12.89 :+ESIsQQXO

こんな私と一緒にいてくれる、かけがえのない人たちに出会えたのは、あの冬。

イルミネーションも、クリスマスも、全部ひっくるめて。

この想いは本物。大切な大切なこの季節が、大好きだ!


―――


31 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:24:21.24 :+ESIsQQXO

―――



『Y』



――あれから一年。今年も冬がきた。


私はまだ、芸能界にいる。

厳しいレッスンもあった。緊張で震えるほどの、大きなLIVEも経験した。

なにもかも、新鮮だった。

井の中の蛙って、私のことなんじゃないかな。

それほど、新たなこの世界は……楽しかった。


32 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:26:36.90 :+ESIsQQXO

渡されたステージ衣装に袖を通したときの、言いようのない高揚感。

去年の冬に着させられたあのときとは、比べ物にならない。

本当に嬉しかった。

それはきっと、ようやく私が本気になれたから。

一緒に笑って、泣いて。

一緒に泣いて、また笑った。

どんどん感情が溢れてくる。止めどなく。


33 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:28:29.82 :+ESIsQQXO

支え合い、分け合える絆を繋いでくれたのは、あの冬。

今までを取り戻すかのような、濃密な時間。

誰にも汚せない、光り輝くこの季節が……大好き!


―――


34 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:30:29.73 :+ESIsQQXO

―――



『K』



――あれから一年。今年も冬がきた。


私は、元気に生きてる。

もう振り向かない。昔は昔。

今を大切に。たくさんの夢を叶えるため、前を向いて生きている。

体の調子もばっちり。検査だって行かなくても良くなった。

きっと、生きる気力が湧いたからかな。なんて。


35 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:32:54.83 :+ESIsQQXO

毎日が楽しい。

小さな頃に忘れてきた、純粋な気持ちを思い出せた。

冗談みたい。夢みたい。でも現実。

現実だから、甘くない。夢を叶えるのは難しくて、すごく大変。

だからこそ面白い。

つらいことだって悔しいことだって、私たちなら笑い合える。

ああ、私は生きてるんだ。


36 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:34:46.30 :+ESIsQQXO

神様が私に授けてくれたのは、あの冬。

これからも、私たちの道は続いていく。

生きる意味を教えてくれたみんなと、この季節が――大好きになったの!


―――


37 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:36:27.01 :+ESIsQQXO

―――



『P』



どうも今年のクリスマスは、雪が降るらしい。


ホワイトクリスマス。

あの子たちは、もちろん上機嫌だ。

去年は確か、雨だったもんな。

仲良く窓際に座って、ホットココアを啜りながら灰色の空を見上げている。

秋口に買ったという、大きな毛布一枚に包まりながら。


38 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:38:19.97 :+ESIsQQXO

あの子たちと出会ったのも去年の今頃。


漠然と流され生きてきた娘。

大人の顔色を窺ってきた娘。

生きることを諦めていた娘。


それが今、三人とも自分の意志でここにいる。

笑顔でいてくれる。

それがたまらなく嬉しい。


39 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:40:36.44 :+ESIsQQXO

街は様々な光で彩られている。

駅前の大きなモミの木も例外じゃない。

あたかもメイクを施して、きらびやかなドレスを着ているような。

一際輝いて、人目を惹いている。

まるでアイドルだ。

いや、うちの子も負けてないぞ?


40 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:42:56.35 :+ESIsQQXO

……去年の冬、あの子たちと出会えた奇跡。


いつまでも笑顔でいてほしいと願って、モミの木と同じ……永遠の緑を。

そしてお姫様のドレスに似合うのは、やっぱりティアラだろう。

だから、常葉色の冠にしようと決めた。



――『エバーリース』。



この名を掲げて、彼女たちは歩み始めた。


41 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:44:10.21 :+ESIsQQXO

今も。

ずっとずっと未来も。

きっと、彼女たちはともに歩み続けていく。


42 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:46:01.67 :+ESIsQQXO

―――


――どうやら、一足先に降ってきたみたいだ。

まるで小さな子供のようにはしゃいでいる。

……出会った頃より無邪気になってないか?


積もったら雪合戦出来るかなっ?

ふふ、風邪引かないようにしないと。ね?

な、なんで私を見て言うの!


うん、いつもの光景。


43 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:47:37.15 :+ESIsQQXO

来年も、こんなふうに笑っていてほしい。

来年のことを言うと鬼が笑うらしいけど。

鬼も虜にしてやれ。

三人なら出来るだろう? 



――なんたって、俺の自慢のアイドルなんだからな!



おわり


44 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:48:53.56 :+ESIsQQXO

というお話だったのさ
プロローグ、あるいはエピローグ


45 :◆5F5enKB7wjS6 :2015/12/15(火) 21:55:24.21 :+ESIsQQXO

蛇足
このあと直接ストーリーとして繋がってるのは

モバP「だりやすかれんと新たなシンデレラたち」
モバP「だりやすかれんとセーラー服と……」

多分これだけ
あとはサザエさん時空ってことでひとつ


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【SS速報VIP】李衣菜「好き」泰葉「無関心」加蓮「嫌い」
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