1:◆RY6L0rQza2:2014/05/13(火) 01:46:42.81 :HEnAIHQwo

かちゃり、と錠前が音を立て、私を扉の中へと立ち入る権利を与えます。 

「ただいま戻りました」と、声を掛けると、皆がやってきました。 

「慌てなくてもご飯は逃げませんよ」と告げて私はすぐ台所に立ち、皆の夕食を作ります。


2:◆RY6L0rQza2:2014/05/13(火) 01:47:30.07 :HEnAIHQwo

書き置きが残っているので、私でも作るのは苦労しません。 

暫くして皆の夕食が出来上がり、皆に配膳します。 

全員に行き渡ると、食事の始まりです。


3:◆RY6L0rQza2:2014/05/13(火) 01:48:39.19 :HEnAIHQwo

私も、自分の夕食を作る為に再度台所に戻ります。 

料理を作りながら、今日の出来事を振り返って、私、蛇が苦手な事で世間では通っている事に思い至ります。 

一年も接していると、もう慣れてしまう物ですね。


4:◆RY6L0rQza2:2014/05/13(火) 01:49:21.02 :HEnAIHQwo

……ここは、響の部屋。響の部屋で、響が居ない日常を過ごしております。


5:◆RY6L0rQza2:2014/05/13(火) 01:49:47.74 :HEnAIHQwo

響は一年前、私の目の前で命を落としました。 

信号無視の車に撥ねられ、病院に搬送されるも、息を吹き返す事は無かったのです。 

泣き喚く私に、響は優しく「泣いたら美人が台無しになる」と言って、それから。 

「家族を頼む」と言い残し、この世から去ってしまいました。


6:◆RY6L0rQza2:2014/05/13(火) 01:50:15.18 :HEnAIHQwo

響は、私にとってかけがえのない友人であり、競い合う仲であり、家族同然の仲だったのです。 

……少し思い出に浸ってしまいましたね。 

一年も経つと、記憶の中の響が薄れてきます。思い出そうとしても、出てこない。そんな事も増えてきました。


7:◆RY6L0rQza2:2014/05/13(火) 01:50:43.53 :HEnAIHQwo

響の目はどんな色をしていたのか。響の声はどんな音をしていたのか。 

響が背伸びして香水を付けた時の香りも、忘れかけています。 

考えている間に料理が出来上がっていました。 

食卓について手を合わせ食べ始めます。味は、普通です。


8:◆RY6L0rQza2:2014/05/13(火) 01:51:13.11 :HEnAIHQwo

響に泊めて頂いた時の食卓は、とても幸せで、楽しかった。 

今は、辛いと思う事も無くなってきました。無味乾燥の世界。 

ああ、響が居ないだけでこんなに世界が一変してしまうとは。


9:◆RY6L0rQza2:2014/05/13(火) 01:51:49.56 :HEnAIHQwo

……食事を終え、食器を食器洗い機に投入します。 

着替えを済ませ化粧を落としたら、そのまま布団に潜り込み、目を閉じます。 

今日はもう寝てしまいましょう。おやすみなさい。


10:◆RY6L0rQza2:2014/05/13(火) 01:52:16.49 :HEnAIHQwo

――― 
―― 
― 

『貴音、なんで貴音は月が好きなんだ?』 

『焦がれても手が届かない、そのような佇まいに私は魅了されているのですよ。』 

『へぇ、佇まいね。貴音らしいな、あはは。』 

『私らしいとはなんですか、響、ふふ。』


11:◆RY6L0rQza2:2014/05/13(火) 01:52:46.07 :HEnAIHQwo

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―― 
――― 

幸せな頃の夢を見て、目を覚ましました。と、丁度携帯が鳴っています。 

電話に出ると、聞き慣れぬ声。聞き返すと、響のお母様からでした。 

「貴方に娘の遺灰を受け取って欲しい」、そう響のお母様は仰いました。 

「そちらに伺います」とだけ告げ、電話を切ります。


12:◆RY6L0rQza2:2014/05/13(火) 01:53:15.93 :HEnAIHQwo

身支度を済ませ、私はすぐに空港へと向かっていきます。 

沖縄は東京から遠く離れた地、辿り着くまでに暫く掛かります。 

空港に着くと、すぐ航空券を買い、搭乗時間まで待ち飛行機に乗り込みます。 

椅子に座ると、少しだけ眠気がやってきます。 

身の回りの確認だけして、私はその眠気に身を委ねる事に致しました。


13:◆RY6L0rQza2:2014/05/13(火) 01:53:44.96 :HEnAIHQwo

――― 
―― 
― 

『響、ひびきっ!!』 

『泣くなよ……、貴音……、美人が、台無し、だろ……?』 

『喋らないでください!響!!まもなく救急車が来ますから!それまでの辛抱ですよ!!』 

『分かるよ、自分で……自分は、助からないよ……。』 

『嫌です、そんなのは嫌です!!』


14:◆RY6L0rQza2:2014/05/13(火) 01:54:25.46 :HEnAIHQwo

『たかね……ハム蔵たちを、よろしくな……。』 

『ひびきっ!!ひびきぃっっ!!!』


15:◆RY6L0rQza2:2014/05/13(火) 01:54:56.77 :HEnAIHQwo

― 
―― 
――― 

頬に伝っていく涙で目を覚ましました。既に飛行機は着陸態勢に入っています。 

そして、私には毛布が掛かっていました。 

細やかな気遣いに感謝をしつつ、涙を拭き取り、着陸まで待ちます。 

飛行機を降りると、出口には既に響のお母様がいらっしゃっています。


16:◆RY6L0rQza2:2014/05/13(火) 01:55:41.83 :HEnAIHQwo

お互いに会釈をすると、会話もそこそこに遺灰の入っている壷を手渡されます。 

受け取ると、私はそのまま響の故郷まで伺う事にしました。 

少しだけ気まずい空気の中、辿り着いた響の故郷は、以前響と行った時と変わりがありません。


17:◆RY6L0rQza2:2014/05/13(火) 01:56:21.87 :HEnAIHQwo

私は、響のお母様と別れると、灯台の元に向かいます。 

ここは少し高い崖になっていて、海を望むには丁度良い場所です。 

灯台に辿り着くと、まずは灯台にある響の落書きを探します。 

程なくそれは見つかり、私は頬を緩ませます。小さい頃からやんちゃだったのですね、響。


18:◆RY6L0rQza2:2014/05/13(火) 01:57:00.46 :HEnAIHQwo

私は、崖に立つと、壷の蓋を開けます。 

そして、手に遺灰を取って、そのまま風に流しました。 

私は、歌を口ずさみながら、風に響の遺灰を乗せていきます。


19:◆RY6L0rQza2:2014/05/13(火) 01:57:28.01 :HEnAIHQwo

「ゆう、らぶど、しーず、えんど、ゆう、びかむ、あ、ぱーと、おぶ、ざ、しぃ」 

貴方は海が好きでしたね。


20:◆RY6L0rQza2:2014/05/13(火) 01:57:54.15 :HEnAIHQwo

「逢えて、良かった」 

だから、貴方を海に還します。


21:◆RY6L0rQza2:2014/05/13(火) 01:58:24.00 :HEnAIHQwo

いつまでも好きな海で泳いでいられるように。 

そして、海に行けばいつでも逢えるように。


22:◆RY6L0rQza2:2014/05/13(火) 01:58:50.73 :HEnAIHQwo

貴方は、最高の友でした。 

逢えて、良かった。


23:◆RY6L0rQza2:2014/05/13(火) 01:59:17.90 :HEnAIHQwo

さようなら、響。今まで、ありがとう。 


おわり


24:◆RY6L0rQza2:2014/05/13(火) 02:03:32.38 :HEnAIHQwo

←PのBurial At the Seaを題材に書かせて頂きました 

見てくれてありがとう

 
元スレ
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