1:◆K8xLCj98/Y:2013/05/27(月) 21:18:18.85 :zsFgerQl0

「おにーさん! 写真、とって!」 

 近所のお兄さんは、ミキにとってヒーローだったの。 
 魔法のカメラで、綺麗な写真をいっぱい撮ってくれる、ヒーロー。 

「よーし、じゃあそこに立ってみようか」 

「はいなの!」 

 ミキのヒーローは、いつもいつでもひとりだけ。 
 素敵なカメラのお兄さん、その人。 
 ずーっと続く初恋の相手で、それはいまも同じ。 
 7歳離れてるなんてカンケーないよね。 

 パシャリ――って、今日も一枚。 
 その一瞬を切り取って、永遠に残してくれるんだ。 


2:◆K8xLCj98/Y:2013/05/27(月) 21:25:20.09 :zsFgerQl0

 カッコイイカメラを持って、そのへんの景色を撮るお兄さん。 
 最初は何が楽しいのか、分からなかったの。 

「ねえ、おにーさん」 

「ん?」 

「それ、なにが楽しいの?」 

 子供だったし、純粋に聞いちゃってた。傷つけちゃってたのかもね。 

「うーん……ちょっと待ってくれ」 

 お兄さんはミキを連れて走って……おうちに。 
 ミキの家の4軒先、2階のいちばん奥の部屋。 

 カメラとプリンターを繋いで、何かカメラをいじっている。 


3:◆K8xLCj98/Y:2013/05/27(月) 21:30:34.38 :zsFgerQl0

「……?」 

 プリンターがヘンな音を出して、紙を吐き出す。 

「ほら、見てごらん」 

「わぁ……!」 

 お兄さんが渡してくれたその写真用紙には、綺麗な雲。 
 目で見るより、ずっとずっと青い空。 

「俺は、こうやって、綺麗な風景を永遠に残すのが、好きなんだ」 

「きれいな風景を、永遠に」 

「そう。ミキもいつかは分かるさ」 


4:◆K8xLCj98/Y:2013/05/27(月) 21:36:51.70 :zsFgerQl0

「ミキ、これあげるよ」 

 だから、ミキが中二になった春、大切にしていた一眼レフをあげるなんて言われた時には、 
 少し戸惑って……腹が立ったの。 

「なんで……?」 

「俺には、もう必要のないものだから」 

 5日前に部屋に遊びに行った時には、こんなに物が散乱してなかったし……、 
 なにより、カメラの角にキズなんて、ついてなかったの。 

 あんなにカメラを大事にするお兄さんが、どうして? 

「なんで、いらないの」 


5:◆K8xLCj98/Y:2013/05/27(月) 21:44:07.46 :zsFgerQl0

「写真に興味がなくなって」 

「ウソだよ」 

「……ウソじゃない」 

「キョーミないなら、このカメラだって捨てるでしょ?」 

「ミキ、カメラ好きだろ」 

「ううん」 

「……え?」 

 ミキは首をおもいっきり横に振った。 
 お兄さんの言ったことが間違っていたから。 

「ミキ、カメラを持って楽しそうにしてるお兄さんが好きだから」 

「……」 


6:◆K8xLCj98/Y:2013/05/27(月) 21:54:16.99 :zsFgerQl0

「……ねえ、お兄さん」 

「……なに」 

「ミキ、聞いてないことがあるの」 

「え?」 

「コンクール」 

「……」 

 5日前、この部屋でお兄さんは言った。 
 有名写真コンクールの最終選考に残った、って。 

 そこで賞をとる、って言ってたよね。 

「ねえ、お願いなの」 

「……え」 

「カメラのこと、大切にしてよ」 


8:◆K8xLCj98/Y:2013/05/27(月) 22:03:20.83 :zsFgerQl0

「俺、賞を逃したんだ」 

「……」 

 だから、今までの写真が全部ズタズタに引き裂かれて、床にぶちまけてあるんだね。 
 だから、何よりも大切にしていたはずのカメラにキズが付いているんだね。 
 だから……。 

「……ミキの写真で」 

「…………うん」 

 ミキ、被写体になったの。 
 お兄さんが賞を取れるように。 

「……もう、だめなんだよ」 

「え……?」 

「俺は、カメラを使うべきじゃないんだ」 


9:◆K8xLCj98/Y:2013/05/27(月) 22:10:07.44 :zsFgerQl0

 結果は、最下位。もちろん、最終選考に残った中で……だけど。 
 選考委員会のオジサンには、「被写体の良さが活きてない」って言われたんだって。 

 だから、こんなにお兄さん、自暴自棄になってたのかな。 
 昔から知ってるから、すごく悲しかったの。 

「……イヤだ」 

「な……」 

「このカメラは、お兄さんのものだから」 

 ミキ、お兄さんの写真大好きなのに。 
 世間の評価なんて、所詮そんなもんだってその時に思ったんだ。 

「……ミキ、15歳の誕生日に、貰っていい?」 

「……ああ」 

「だから、それまで――」 


10:◆K8xLCj98/Y:2013/05/27(月) 22:18:47.40 :zsFgerQl0

 その間に、いろんなことがあったな。 
 キンパにして、今まで以上にお洒落も研究した。特に意味はないけどね。 
 そして……アイドルの候補生になったの。 

「なあ、美希」 

「ん?」 

「何撮ってるんだ?」 

「写真だよ?」 

「いや、見りゃ分かるぞ」 

 アイドルユニットとしてもデビューして、いま結構ミキは有名なの。 
 アイドル仲間ともいい関係かな。 

「どのような写真を撮っているのですか?」 


11:◆K8xLCj98/Y:2013/05/27(月) 22:22:18.58 :zsFgerQl0

「お花だよ」 

「この花、ですね」 

「ロマンチストだなー、美希」 

「響、茶化さないでよっ」 

 腰に手を回された。 

「他には、どのような写真を?」 

「うーん、特にこれといってはないけど……」 

「はい?」 

「お散歩してて、キレイだな、とか。カワイイの、とか思ったらパシャっとね」 

「良ければ、他の写真も見せていただけませんか?」 

「うん、いいよー」 

 一眼レフ、写真閲覧モードに切り替える。 


12:◆K8xLCj98/Y:2013/05/27(月) 22:36:10.76 :zsFgerQl0

「ほう、これは素晴らしいですね……」 

「貴音、分かる? さすがだねー」 

「綺麗だなぁ、このたんぽぽ」 

「ん?」 

「えっ、これたんぽぽじゃないのか?」 

「いや、おにぎりだけど……」 

「そっちがメイン!?」 

「ふふっ、美希のことですから、両方が主張し合ったのでしょう」 


13:◆K8xLCj98/Y:2013/05/27(月) 22:37:44.03 :zsFgerQl0

 ピッ、と画像の切り替え。 

「これ……プロデューサーだぞ」 

「そして、小鳥嬢ですか」 

「うん」 

「うまいなぁ、美希」 

「ミキには、写真のコーチがいるから」 

「コーチですか?」 


14:◆K8xLCj98/Y:2013/05/27(月) 22:44:00.91 :zsFgerQl0

「うん! ミキに写真の撮り方、教えてくれるんだ」 

「ぜひお会いしたいものですね」 

「自分も、こんなに上手く写真撮れるなら、教わりたいぞ」 

「残念だけど、お断りなの」 

「えー……?」 

「何故ですか……?」 

「お兄さんは、ミキだけのコーチだから」 

 2人はきょとんとしてたの。 
 でも、それは本当なの。多分、お兄さんはミキにしか教えないって思うな。 

 このカメラを使う、ただひとりの後継者だから。 


15:◆K8xLCj98/Y:2013/05/27(月) 22:45:46.77 :zsFgerQl0

「美希ー、そろそろ向かうぞー」 

「はいなのー」 

「じゃあね、美希! 頑張れよっ」 

「それでは、お気をつけて」 

「うんっ! それじゃ、また後で」 

 2人に挨拶をして、ハニーの元へ。 
 事務所を出て、下に停めてあった車の助手席に乗り込んだ。 


16:◆K8xLCj98/Y:2013/05/27(月) 22:48:34.63 :zsFgerQl0

「……~♪」 

「美希、何を撮ったんだ?」 

「これだよ」 

 エンジンをかける前のハニーに、写真を見せる。 

「おっ、なかなか上手いじゃないか」 

「トーゼンなの!」 

「さ、出発するか」 


17:◆K8xLCj98/Y:2013/05/27(月) 22:53:22.90 :zsFgerQl0

「ねぇ、ハニー」 

「ん?」 

「ハニーのカメラ、今度見せてね」 

「お前の写真ばっかりだよ」 

「アハッ、ケッコー問題発言だね」 

「プロデューサーとしては、まぁ危険人物だろうなぁ」 

「でも、ミキもプライベートの写真を撮ってもらうの、ハニーだけだから」 

「おう、光栄だよ」 


18:◆K8xLCj98/Y:2013/05/27(月) 22:56:42.53 :zsFgerQl0

 ハニーの鞄には、今もカメラが入ってる。デジカメだけど。 
 そして、被写体はミキなの。 

 それは昔からずっと、ずうっと同じ。 

「……ねぇ、お兄さん」 

「お、随分と久しぶりな呼び方だな」 

「カメラ、もう捨てたりしないよね」 

「当たり前だよ。俺は世間の評価より、美希を撮れたらそれでいい」 

 ハニーは気づいたんだって。世間に評価されるために写真を撮りたいんじゃない……って。 
 周りの風景の一部を切り取ることが好きだ、って。 

 だからこそ、プロデューサーになったのかも。 

「……お兄さん、ミキのこと……これからもキラキラさせてね?」 

「ああ、勿論!」 

 ね、お兄さん。 
 ミキのこと、そのレンズで捉えて……ずっと、キラキラさせてね。 


19:◆K8xLCj98/Y:2013/05/27(月) 22:57:54.75 :zsFgerQl0

 美希にカメラを持たせて、撮った写真を見てみたいです。 
 お読みいただき、ありがとうございました。お疲れ様でした。 


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